手術のビデオ

先日、手術の記録をしているビデオカメラ(テープ式:買って4年くらい)が壊れてしまって、修理を見積もったら18000円もかかるうえに、既にテープ式のビデオカメラは製造していないことが判明。 「こりゃ買い替えだ」と安そうなビデオカメラを探していたら、店員さんが勧めてくれたのがデジカメのビデオ機能を使うという手。 発売一年を過ぎて、特価になっていた20500円のサイバーショットを買いました。 昨日撮影してみて、その画像のきれいなことに唖然。 1500円くらいで8Gのメモリーカードを入れて1時間録画可能。! これを使って、手術の記録を録画してみた。 たいていの患者さんは 「医学の進歩や、患者さんの教育のために、ビデオを撮影して公開する必要があります。お嫌でなければ、協力していただけないでしょうか」 と、まじめに真摯な態度でお願いすると、 「顔が出るわけじゃないから、良いですよ。どんどん使ってください」 と、快く引き受けてくれる。 これも、患者さんとの信頼があってからこその事で、それまでの診察を親切丁寧に、 「あなたの健康を回復させるために、全身全霊、努力を惜しみません」 という姿勢を伝えてあったからこそである。 流れ作業で『通り一遍』の診察をしていたのでは、こういうわけにもいかないだろう。 撮影しながらの手術は、どうしても時間と手間がかかる。 自分の忍耐だけではなく、周りのスタッフの忍耐も限界を超えないように、いつもの何倍も気を遣い汗もかく。 それでも、出来上がった美しい(手術のビデオを美しいというのは、私も相当なヲタクと言えるかも(^^ゞ)ビデオを観て、その苦労も吹き飛んでしまった。
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【緊急レポート】似非医者に騙されるな!!

まず、私が先日発見した、崎谷博征医師のFacebook記事を読んでいただきたい。 http://www.facebook.com/photo.php?fbid=441190155965100&set=a.435970866487029.1073741827.396644500419666&type=1&theater 以下、崎谷博征医師の記事より引用(黄色マーカー部分) “現役医師”の立場から 忠告させてもらいます。 『病気で医者に頼ると危ない!』 残念ながらこれは事実です。 現代人の死因1位はガンですが、 正直な話をしてしまうと “ガンで死ぬのではなく、  ガン治療によって殺される” と言っても過言ではありません。 私は15年以上外科医として活動し、 20年以上医者として最前線に立ち続けています。 現場を体験し続けた人間として断言しますと 残念なことに西洋医学はガンに対して無力です。 手術、抗がん剤、放射線治療、 この3大治療法がガンに有効だという 科学的根拠が実は存在しないのです。 と、いうよりも 『現代医学が病気に対して完全に無力』 これが事実です。 私たち医者が治せる病気というのは 病気全体の0.01%以下しかありません。 風邪すら治せないのです。 だから『薬』を出して 誤魔化す以外に何も出来ないのです。 私の医者としての経験は 自分が病気になった時医者に行く、 というのは心から遠慮するべきと告げています。 薬という名の毒を大量に摂取する羽目になり、 ただでさえ弱った身体をボロボロにさせられます。 医者に頼れない以上、 自分の身は自分で守るしかありません。 ではどうやって健康な身体を保ち、 医者に殺される最後を回避するのか? それを実現するために 『ラーメン、から揚げ、焼肉、ビール、  好きな物を好きなだけ食べながら』 『ジョギング、ウォーキング、 トレーニングなどの運動は一切無しで』 『もちろんサプリメントなど一つも取らず』 それなのに、 ガン、認知症、脳血管梗塞、心筋梗塞、 リウマチ、SLE、精神疾患、etc… これら全ての“慢性病”と呼ばれる病気を 完全に予防してしまう健康法が存在しています。 これに関して語ったビデオを現在、 “無料にて”公開中です。 http://bit.ly/10KupBb “そんな馬鹿な、信じられない” そう感じられると思います。 なので別に信じてくれとは言いません。 私がお伝えできるのは 『この手法はアメリカ、コロラド大学の コーダイン博士が研究を開始し、 世界中の研究機関で目覚しい成果が 確認されている遺伝子的なアプローチ』 ということだけです。 私以外に日本でこの手法を理解している人は いませんので、ここ以外で内容を知るのは不可能です。 無料のビデオですから、見ることであなたが 損をするということはないと思います。 一回病気にかかってしまえば 数十万円が一瞬で治療費に吹っ飛びます。 下手すれば仕事も失って数千万円、 人生を棒に振るレベルの損害も考えられます。 それを防げるとすれば見ない理由はないと思います。 『意地でもこんなビデオ見てやるものか!』 という強い決心をなぜかお持ちの方以外は、 確認しないのはあまりに勿体無いと あくまで個人的には思っています。 “我慢せずに病気を完全に防ぐ方法” http://bit.ly/10KupBb 崎谷博征 以上引用終わり 確かに、『現代医学では治せない病気がある』とか『自然治癒力で病気を治す』という点では、私も同意見である。 恩師 故隅越幸男先生も常々「患者さんが治ろうとする力を邪魔しないで、応援するのが名医なんだよ」 とおっしゃっていたことを思い出した。 この前、そこへ批判的なコメントを入れて、数人の医師からも反対意見があがっていたので、議論が成熟しているのを楽しみに、再度訪れたら・・・ 無い、無いのである。 批判的なコメントはきれいさっぱり削除されていて、コメント欄の最後を確認すると4月14日1時40分時点では 『崎谷博征 いろいろと非難・中傷がありますが、皆さまとともに前進あるのみです。真意が伝わる方だけで前進していきましょう。こちらこそよろしくお願いいたします! 5時間前 』 ---3時間前に『抗がん剤はダメなんですか?』というコメント--- 『末岡雅代 それではあなたは医師をお辞めになるのですか。講演会や執筆で忙しい医師より現場の医師が強い使命感があると思います。 2時間前 (携帯より)』 があるだけなのである。 崎谷医師は、5時間ほど前に最終チェックし、批判的なコメントは削除したのであろうか? これではインチキ民間療法の、『患者様からの喜びのお手紙』と同じではないか。 医者が『科学者の中の科学者』としての自負があるのなら、批判も正々堂々と受け、自分の考え方が間違っていないと確信しているのなら、反対意見を完膚なきまで叩きのめす覚悟が必要である。 そうでなければ、自分の治療にわが身を託した患者さんの命を預かる資格はない。 ここで、もう一回最後の仕掛けをして、確認を取りたいと思う。 下記の批判的な投稿を、上記ページのコメント欄に投稿する。 さて、何時間削除されずに多くの迷える患者さんたちの目に留まるであろうか。 以下、投稿記事。 確かに、現代医学は万能ではなく、私も自然治癒力をうまく使って治療するのが名医だと思う。 しかし、たとえば癌が治せないからと言って、すべての現代医療を否定する崎谷博行氏のスタンスは間違っていると思う。 日本人の平均寿命について考えてみよう http://www.garbagenews.net/archives/1892906.html 戦後間もない1947年の平均寿命が男50.06歳、女53.96歳に対して、2010年のそれは男79.64、女86.39歳と、わずか53年で6割増しなのである。 この長寿の主な理由は、 ①結核、赤痢、チフス、コレラ、ペストなど、人口を激減させるくらい大流行していた感染症が、抗生物質の発明と公衆衛生の普及で克服できたこと。 ②日本の『国民皆保険制度』によって、国民のだれもが安価かつ世界基準としても最高峰の医療を受けることができた。 からである。 崎谷博行医師が取り上ている、 『ガン、認知症、脳血管梗塞、心筋梗塞、リウマチ、SLE、精神疾患、etc…これら全ての“慢性病”と呼ばれる病気』(←原文ママ。慢性病という概念が違っているとツッコみたい) になるまで長生きできなかったのである。 脳梗塞や心筋梗塞になったら、見守っているしかなく、ほとんどの人が死亡していたのである。 現代医学で完治できない病気があるからと言って、すべてを否定するのは、 「交通事故でシートベルトをしていても死ぬ人がいるので、シートベルトをするのは無意味である以上に危険である」 と主張するのと、私には同じに思えてしまう。 最後にここで、賛成のコメントをしている人たちに知らせたい。 私は、何回かこのコメント欄をチェックしているが、崎谷博征医師の考えに否定的なコメントは、私のも含めてきれいさっぱり削除されているのである。 これが何を意味するのであるかは、賢明な方ならわかるであろう。 現在4月14日2時45分 投稿しようと思って、上記のページを開いたら、投稿できない。シェアしかできない!! 私のアカウントからコメントできないように、制限が掛かったのであろうか??? Facebookのアカウントをお持ちの読者の皆さま確認していただけませんか? そして、勇気のある方、さらには医師であって医師としての気概がある方は、私に代わって代理投稿していただけないでしょうかm(__)m

今年一番 泣けた話

どうも歳のせいか、些細なことにグッと来て涙ぐんでしまうことが多くなったこの一年であった。なんせ、AKB48の『Everyday、カチューシャ』を歌っていても、中学生のころのせつない気持ちがこみ上げてきて、声が詰まってしまうほどの重症(^^ゞ 定期的に通院してくる患者さんに、40歳くらいのダウン症の女性がいる。ダウン症というのは、遺伝子の異常のため生まれつき知恵遅れがあって、その患者さんも知能は小学生くらいの印象である。一緒についてくる母親も、70歳は超えているだろうか、人生の困難に闘う事で得られた穏やかな表情や立ち振る舞いが見事であるが、心に秘めた不安は想像に難くない。 Dr.OKはプロとしての誇りがあるから、どんなに混んだ外来であっても、生活指導のために、見かけは中年の小太りのオバサンであるが心は小学生の女性に、噛んで含めるように毎回同じような説明を繰り返す。知恵遅れといっても、「ゆっくり順序立てて説明すれば、理解してもらえる」いう信念が頼りである。 先日も、そんなわけで通常の5倍くらい時間をかけて説明をし終わった。年末の混んだ外来はカルテが山積みになっていて、そのうち看護師さんからこっそり「先生、まきでお願いします」なんてささやかれそうでヒヤヒヤしながら 「それでは、お大事に」 と言って席を立ちかけようとした。ところがなぜか患者さんは立ったまま立ち去ろうとしない。 ほんの一瞬、「何か言い忘れたことでもあったかなぁ?」と思っていると、 「先生、いつも優しくしてくれてありがとう」 と、まるで小学生が意を決して意思表明をするように、ぎこちない言い方で声を発した。 これでもういけない、じわ~っと涙が溢れそうになって 「それでは元気でね、また来年」 と言って、そそくさと診察室を後にした。 Dr.OKもこれから体力知力も衰えて、第一線で活躍できない医者になる日が来るだろうけど、医者を続ける限りは優しさで患者さんを癒せる医者でありたいと思った。
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ファミマはえらい!

画像早朝にウォーキングをしていると、困ったことがある。 運動で血圧が上がり、腎臓の血流量が増える。 脱水を防止するために、水分補給を行う。 そうすると、もよおしてくるんですよ・・・ 東京の都心は、いたるところに小さな公園があって、きちんと紙まで用意して整備されているところが多いのですが、早朝の暗い時間帯に安全に歩ける幹線道路沿いにはなかなか無い。 少し、住宅街の中に入った人気のない道路沿いにはあるのだが、かつて知り合いの先生から聞いたこんな話がある。 その先生、ご多分に漏れず10代の後半に不良に憧れた。 学校をさぼって、繁華街を仲間とたむろしていたわけ。 その時代、バイクは盗むほど氾濫していなかったので、とりあえず『カツアゲ』なるものを経験しようと仲間と相談した。 「公園のトイレの暗がりに潜んでいて、弱そうな奴がきたら襲おうぜ」 なんて計画して、人通りがまばらになる時間まで待っていた。 ようやく、見るからに弱そうな男性がトイレから出てきたところを、三人で囲んで 「兄ちゃん、金貸して・・」 と言い終わらないうちに、あごに衝撃を食らって気を失った。 気が付くと、二人の仲間もそばに倒れていて 「お~い、生きてるかぁ」 と声をかけるのが精一杯だったそうである。 どうも、空手の達人を襲ってしまったらしく、見事後ろ回し蹴りを食らって、一瞬のうちに3人ともKOされてしまったらしい。 Dr.OKも一応、空手の黒帯だが、『シニアクラス』という、オジサン対象のクラスでいただいた、『なんちゃって黒帯』なので、後ろ回し蹴りなど出したら股関節が壊れてしまうだろう。 そんなわけで、コンビニのトイレを借りることを思いついた。 まず、ローソンストア100に行ってみた。ちょうど買い物をするものがあったので、1000円ほど買い物をした後、レジで 「トイレを貸していただけますか」 と尋ねてみた。 「当店では、お客様にお貸しするトイレはありません」 とのつれない返事。 次にセブン・イレブンに入ってみた。 張り紙に「トイレをお使いの方は、店員まで申し出てください」 との張り紙があった。 用件を申し出るとすと、ちょうど先客が使っているとのこと。 トイレの前までいってみたら、 「トイレには鍵がかけてありますから、店員までお申し出ください」 との張り紙があった。 どうも、手続きがめんどくさい『できたら使ってほしくない感』満載だったので、使わずに出てきた。 次に通りがかったのが、ファミリー・マート。 外から、トイレのマークがガラス越しに見えて、ありがたいことに「ご自由にお使いください」の張り紙も貼ってあった。 一応、店員さんに小声で 「トイレを貸して」 と言ってから、レジを通り過ぎて使ってみた。 共同のトイレにしては、豪華ではないがホテル並みに清潔なトイレが準備されていて、思わず感激。 ついでに缶コーヒーを買って店を出た。 外から何気なく眺めていると、店員さんがすかさずトイレをチェックしていた。いつも清潔になっているのは、こういう努力があったのだ。 それからというもの、あちこちのファミリー・マートのお店を通ると欠かさず外から眺めるのだが、必ずガラス越しに見える位置にトイレのドアがあり、大きなトイレのマークが貼ってある。 店によっては、道路沿いの大きな看板にトイレのマークが入っている。 トイレひとつで、すっかりファミマのファンになってしまった。
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マニュアル本の栄枯盛衰

最近、新しい情報関連機器(PCや携帯電話など)を買うと、マニュアルがめっちゃ薄くないと思いませんか? 最近も、iPhoneを購入したら、取扱説明は名刺サイズの折り畳みパンフレットだけで、どこにもマニュアルらしきものはついていない。 一昔前なら、厚さ優に1cmはあろうかと思われる、分厚いマニュアルがついていて、到底ほとんど読めずに捨てていたものだ。したがって、使い切っていない便利な機能も山ほどもあり、恥ずかしながら、いまだに「お財布携帯」の使い方がわかっていない。 画像しかし、まったく取扱説明書がないというのも心細いので、本屋さんに行って「サルでもわかる〇〇〇〇」シリーズ(以前ありましたよね)のような、初心者マニュアルをさがしたら、あるはあるは、片手では足りないほど内容がそっくりの本が売られていたので、見栄をはって、その中でも一番難しそうなマニュアル本を買ってきた。 それを見ていた、わが娘。 小さい時から機械好きで、マニュアルの漢字が読めないから、ひらがな部分とイラストだけで操作を解読し、勝手に私の機器を使っていたのだが、 「マニュアル本なんて買ったことないよ」 と、のたまう。 「使い方なんて、ネットで調べれば十分」 今の時代、何とか新しい機械の操作についていこうと、必死にマニュアル本を買いあさる中高年が大勢いるけど、そんなものを必要としない、パソコンを使って情報収集に長けた世代が育ってきているのである。 わが世の春のマニュアル本業界も、近い将来没落するに違いない。
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トンボ

画像友人から、「侍は家紋や兜の飾りにトンボを好んだというけど、どうしてか知ってる?」 と聞かれた 「それは、トンボは前にしか進めないからだよ」 60歳も目前に迫ってきて、ともすると守りの体制に入りたくなる年齢でもある。 積極的に仕事をしてリスクを負うより、今まで達成した業績を損なう事の無いように慎重に人生設計をして、ソフトランディングをすることが脳裏を横切ることもある。 いやいや、そんなことではいけない。 『男なら死ぬときは、例え溝の中でも前のめりに死にたい』 というのは、坂本龍馬の言葉ではなく、どうも梶原一騎氏の創作らしいが、だれが言い出したにしても名言であると思う。 イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可です。
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弱者への無限の同情

画像昨日、名古屋に行ったついでに医学生の娘と、母校名古屋大学医学部を訪れた。 『子は親の背中を見て育つ』というが、そんなたいそうな背中を(広いことは広いけど(^_^;))持っていない私は、せめて自分の原点を見せたくて連れて行ったのである。 大学病院は建て替えられて、見上げるばかりの高層ビルになっていた。 講義室の外装は近代的にお色直ししてあったが内部構造は昔のまま。学生運動が盛んだったころにポスターを張ったガムテープの跡だらけだった壁は塗りなおされたのだろうか、きれいな白壁になっていた。 いやにゆっくりな旧式のエレベーターで4回に上がり、講義室のロビーに立った。 分別ごみ用の4つのごみ箱に接するように、私の好きな銅像が、昔のままに置かれていた。 その当時、自動車で通学していた私は、朝の渋滞を嫌って早朝に大学に到着するようにしていた。 講義室の鍵があくまで、ロビーのソファで缶コーヒーを飲みながら、古い大学病院独特の朝のどんよりした空気に浸り、ぼんやりとこの銅像を眺めていたものである。 銅像の主の、久野寧先生とは、何の面識もない。 「きっと、偉い先生なんだろう」と思ってはいたが、インターネットも無い当時、わざわざ久野先生の業績を調べるようなこともなかった。 ただ、気になっていたのは銅像の台座の銘板に刻まれた文字。
画像
弱者への無限の同情これを医道と云ふ
弱者へ同情することは、だれでもするであろう。この言葉のすごいことは『無限』なのである。 「君は、すべての患者さんを救えるわけじゃない。でもね、いつも患者さんの事を心配してなくちゃいけないんだよ」 臨床実習で受け持った難病の患者さんのすべてが、大学病院で治療をして治るわけじゃない当たり前の現実を間近に見て、うろたえていたその当時の自分には、いつしかこの言葉が染みついていた。 わが娘にも 「医者になったら、親孝行しようと思わなくても良い。死に目に間に合わなくても良い、その時間を弱い患者さんと共に過ごすことに使うように」 と近いうちに伝えておくことにしよう。
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コストパフォーマンスの良い人生

最近、作りだした新しいブログ 食物繊維 ~健康とグルメと、時々、レシピ~ http://ameblo.jp/dr-ok/ で、B'級(びーだっしゅきゅう)グルメなる造語を考え付いた。 これは、B級グルメに「’」をつけて、単に安くておいしい庶民的な味というだけではなく、それ以上の何らかの価値、たとえば、「食物繊維が豊富で便秘に良い」とか「懐かしの学生街の定食屋のメニュー」のように、単にB級とひとまとめに語るには申し訳ない理由があるものを取材し紹介しようと・・・ というのは、タテマエである。 仮にいま、グーグルで「B級グルメ  ブログ」で検索すると 約 11,600,000 件 (0.22 秒) で、B級グルメでブログを作ると膨大なライバルが存在することを意味している。 今度は「B’級グルメ ブログ」で検索すると 約 11,500,000 件 (0.18 秒) とあまり変わらないようだが、実はすべてB級グルメと誤って検索されたもので、B’級グルメなるもののライバルは皆無であることが分かる。 「そんな言葉、無いじゃないか」と言うなかれ、これが今後の展開い大いに重要なのである。 たとえば、この言葉がひとたびマスコミで取り上げられたら、我がブログは一気に頂点目指して駆けあがれる可能性を秘めているのである←やや、極論! こういうものの考え方を教えてくれたのは、Dr.OKが研修医時代に、隣に住んでいた先輩医師 K氏。彼は、産婦人科医局に属し、よりメジャーな外科に属して忙しくて青色吐息の苦労しているDr.OKに 「コストパフォーマンスの良い人生を選んだほうが得だよ」 とアドバイスをくれた。 「大所帯の外科で、多くのライバルと競争しながら生きるより、やや小ぶりの産婦人科のほうが、自分に幸運な仕事が回ってくる確率が高い。とくに母校の医局にいれば、ホームランを打たなくても、コツコツとヒットを打ち続けていれば、居心地も良いからね」 と、少しお酒が入ると、いつものニコニコ顔をさらにニコニコさせて、語ってくれた。 その彼は、あれよあれよという間に、海外留学し、だれよだれよという間に講師になって、いまや母校産婦人科教室の教授である。 「コストパフォーマンス」が良かったかどうかは知らないが、Dr.OKが大腸肛門科という、特殊な診療科を選んだのも、彼の影響があるのかもしれない。 ブログの紹介 グーグル検索 思い出のオムライス、彼女と半分ずつサービスにおしんこと味噌汁 隣の先輩、今や教授。
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消痔堂日誌からの~発展的新ブログ誕生

「ブログで大腸肛門病学の発展に貢献しよう」と高い理想を掲げてスタートしたこのブログ。病気の話だけだと気が重いから、コーヒーブレイクのようにDr.OKの日常話もはさんでバランス良い病気ブログであったつもりがいつの間にやらはしご酒ビールの空き缶や食べかけのおつまみが散乱する、飲めや歌えの大宴会状態になってしまったorz... ここで、気を引き締めなおして、本来の『消痔堂』という格調高い名称に恥じない、病気ブログに戻すのだ! と、半分冗談はさておき、総合雑誌が売れなくなったように、百花繚乱的なブログでは読者減少の憂き目にあうとおもい、『健康』と『B'級(びーだっしゅきゅう)グルメ』と、時々、『管理栄養士さん登場の食物繊維の多い料理のレシピ』などを掲載したブログ 食物繊維 ~健康とグルメと、時々、レシピ~ http://ameblo.jp/dr-ok/ を、発刊することにしました。 これで、話の内容がずいぶん整理できるようになると思います。 いまのところ、二本しか記事がありませんが、新ブログを掲載しているアメーバブログ(略してアメブロ)は、Facebookやツイッターとの連携が容易で、読者確保にはアンテナが多い方が良いので、新しい展開を期待しております。 今後とも、よろしくお願い申し上げます。   *B'級(びーだっしゅきゅう)グルメ』:Dr.OKにより2012年6月22日発作的に発案されたグルメの分類。いわゆる安くておいしいB級グルメであるのに加え、「新しい味」とか「伝統の店」とか、プラスアルファの価値を見出した食べ物。まだ作りたての概念なので、意味も確定はしていない。
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これって、キャラですからぁぁ、切腹ぅぅぅぅぅ

『最近のDr.OKの文章、押しが強すぎ』 というのを耳にした。 確かに、そう思われてしまう節もあり、とりあえずハンセイ! だれにでも心地よい文章を書くのって、至難の業。 たとえば、現実社会で 「私は、〇〇〇〇だと思わないこともないのですが、あなたはどうですか?」 なんて言えば、とりあえず角は立たずに、相手にこちらの意見を聞いてもらい、そのあとに。 「話せばわかるって言うじゃありありませんか」 と続け 「ま、ちょっと一杯付き合いませんか、経費で落とせますから」 まで持ち込めば、まず9割は『懐柔』できたも当然である。 でも、相手が見えないネットでこれをやったら 「そんなこと、思わねーよ」 と、即座に右上の×印をクリックされてしまうこともあるだろう。 勢い、押しの強い文章で表現されることが多く、極端な人たちは 「〇〇〇〇は正論である」 なんて表現し、 「いったい誰の正論だぁぁぁ」 と突っ込まれ、かえって逆効果になったりする。 診察室でのDr,OKは、押しが強いキャラではない。 『(痔の)手術をしなければいけません』 なんて、口が裂けても言いません。 だって、痔という病気は、一部複雑な痔ろうを除けば、良性の病気。 放置していて命が危なくなるとか、一年後には手が付けられなくなる程、重症化することは無い。 手術をすることの、デメリット--時間がかかる、お金がかかる、術後生活が制限される、まれには麻酔や術後出血でショックになり、命が危うくなる可能性もある--- これらのデメリット以上に、手術した方が生活の質が向上すると考えられる人だけが、本当の意味での手術適応だと考えている。 だからDr.OKは 「薬の治療だけではこれ以上よくはなりませんよ。これからの人生を快適に過ごしたいなら手術を選択した方が良いと思いますよ」 と基本的には話している。 結局のところ、芸能人(チャラ男キャラや、高慢女医キャラのように)だけでなく、一般人だって、知らないうちにキャラを使って生活しているのである。友達と同じしゃべり方で、大先輩にしゃべったら、『タメ口野郎』って非難されるでしょ(^_-) ちなみに、今回のタイトルもキャラです。
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いつまで火縄銃で戦うの?

先日iPhoneをいじっていると知り合いの人が 「Dr.OK、さすが使い込んでいますねぇ、私もスマホに変えたけど、電話とカメラくらいしか使ってないですよー」 と・・・ 画像「スマホは便利な機能が満載された携帯電話ではない。電話もかけられる携帯パソコンなんだ。」 と、持論を展開しようとするのを遮られ 「まぁ、私は電話とカメラがあれば十分なんでね。アプリなんてチャッチイもの使ったことないですよ。」 と切り返された。 言うに言われずこの気持ち 「オオサマの耳はロバの耳ぃ~~~」 どうして、機関銃を背中にしょって(スマホという多機能の機械を買ったのに)、火縄銃で戦おうとするの(今までの携帯の機能しか使わないって、もったいないでしょ)? (  )内は、Dr.OKの真意で、決して従来の携帯を持っている人を非難しているわけではありません。 確かに新しい機能は、取りつきにくいかもしれない。 中には、使い方次第では危険な機能がついていることもある。 マシンガンだって、使用方法を誤れば、あっという間に周囲の味方を5-6人殺傷してしまうかもしれない。 かといって、火縄銃を持って戦場に行って敵がマシンガンを携えてやってきたらどうするの、降参白旗しかないじゃん。 まっ、良いか。その人も近いうちに、マシンガンを持った敵を発見して裸足で逃げ帰ってくるでしょ。 そんな時に、ちょっと優越感を漂わせ、マシンガンの使い方のイロハでも教えてやるか・・・
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あやしい看板

以前から気になっていたのですが、JR駒込駅の外回り(上野、東京方面)のホームから見える看板。 列車が止まっている間では読み切れない長さで、なにかご意見が書いてある。 「秘密結社のような、怪しい団体の宣伝用看板か?」 と思っていたが、先日駒込で降りる機会があり、まじまじと看板を眺めて最後まで読んでみた。 今回の看板には、次のように書いてあった。
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日本人“ゆでがえる現象”からの脱却 何故と問う習慣を幼児から 日本の政治、経済、教育など、あらゆることが行き詰っている。何故か? それは、「批判」や「逃げ」だけで「何故?」と問い、問題を発見する習慣を子供のころからつけていないからだ。 ・何故、父と母、祖父と祖母は結婚したの? ・何故、女の平均寿命は86歳とダントツで、男も79歳、世界でこんなにすごいの? ・何故、毎年自殺者は3万人(実数はこの2倍かも) もいるの? ・何故、問題解決力の本は山ほどあるが、問題発見力の本はないの? ・何故、JALは再建でき、2年で大きく黒字化できたの? ・何故、サムスンはダントツ利益を出し、日本企業は大赤字になったの? ・何故、世界の競争はリーグ戦からトーナメント戦に移ったの? 何故2位はダメなの? ・何故、日本の総理は5年で6人も代わったの? ・何故、批判や説教すれども具体的方法の提案ができない人が多いの? ・何故、賛成論、反対論を明確にした意見が少ないの? ・何故、アンケートに支持・不支持の理由がないの? ・何故、最後まで読んでくれたの? (2012年4月) 御意見などはFAX048-250-5318 丸宮宛て この駒込看板集はwww.komy.co.jp 逃げも隠れもしない持論が、『正々堂々』と書きつづられている。 どうも気になって、上記URLをのぞいてみると、特殊な鏡を作っている会社のようで、「1967年4月東京駒込にて看板業を始める」とあるように、この駅看板も初めは商売ものだったようだが、いつしか意見を述べる掲示板のような使われ方をしているようだ。 看板の内容については、まだ全部読んでいないのでここでのコメントは避けるが、このインターネット時代に看板というレトロな手法で意見を広く述べるというのは、かえって新鮮に感じた。

幸せの教室を観てきました

予告編にある「人生はいつからでも​やりなおせる」というコピーに涙したDr.OK。 昨日はお休みだったので、日食⇒歯医者⇒映画の『ゴールデン・スペシャル・ギガ盛りセット』の最後として楽しんできた。 高卒のためにリストラされた初老の主人公(軍隊で20年コックとして勤め上げた経歴というのも、『ランボー』でも表現していたように、アメリカが抱えている軍隊制度の問題を提起している)が、大学に入学して、人生をやりなおす話なのである。 そこで会った、やる気のない若者が変わっていく様子や、家庭問題も抱えやる気をなくしてしまった女性教官との恋愛物語も絡めて、ストーリーは淡々と続く。 とくに、大きな盛り上がりや、大どんでん返しなどの仕掛けもなく、「まぁ、こんなもんかなぁ」と思っていた矢先、ツボにはまったシーンがあった。 以下、記憶があいまいなので、細かい部分で違っているかもしれませんが、大筋ではあっていると思いますのでご容赦願います。 スピーチのクラスの発表の時、主人公がバーナード・ショーの名言を引用して発表を行った。 正確に思い出せないのがもどかしいのですが、私が感じたのは 『知識を得て、知性を楽しむのは、素晴らしいこと』だというところである。←うまくニュアンスが伝わらずスマソ こういう姿勢に対して、自分で考えて他人と違う知識を得たことを表明すると嫌われるので、個性を殺してでも大多数の意見に従ったほうが平和でよいとする人も多い。 いわゆる知識階級に属している人でも、自分の考えなど無いような姿勢を貫いている場合も多く、残念に思うことがある。 あの名言、聴いた時には思わずウルウルきてしまった。 どなたか、正確にわかる人いませんか?
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『美しい国・日本』

毎朝、公園の周りを散歩(まだ、体重がおもすぎてジョギングできないから)の途中、大勢の人とすれ違う。 始めは、何となく照れくさいから、目が合わないようにしてすれ違っていた。 そのうち、細い歩道などで親切に道を譲って(ガタイのでかい、強暴そうな男が来たから、『君子危うきに近寄らず』と思っているのかもしれないけど)くれる人には、小声で「おはようございます」と言う事にした。 最近では、朝の発声練習の代わりに、できるだけ声を響かせて通る声で  「おはようございまーすっ!」  そうすると、ほぼ100%「おはようございます」という返事が返ってくる。 私より一回り以上年長と思われる、帽子をかぶった人たちは、帽子のつばに手をあてて、ちょっと浮かせるような感じで「おはようございます」という事が多い。 これがまた、スマートでかっこいい。 『ネプ&イモトの世界番付』という番組で、親切な国ランキングというのをやっていた。 歩道をあるいているオレンジをいっぱい入れてある紙袋を持ったレポーターが、わざとオレンジを落として、何人の人が拾うのを手伝ってくれるか、隠しカメラで撮影して、各国を評価する企画であった。 全く無視されてしまう国から、手伝っても足で蹴ってよこす国など、ちょっと日本の常識では考えられない対応も多い中、日本では見事全員が腰をかがめて、拾うのを手伝ってくれた。 「そんなのヤラセだよ」と言えばきりがないが、単純なDr.OKは 「日本って、なんだかんだ言っても、やっぱり美しい国なんだなぁ」 と感心してしまった。 なにも、君が代を歌うことを強制したり、日の丸にお辞儀をしない人を非国民呼ばわりすることだけが、『美しい国・日本』というわけじゃないと思うんだよね。 下のビデオ、日本人なら(Dr.OKもそうだけど)大部分が感動してしまうだろう。 しかし、そういう日本人の気持ちを利用されて、先の戦争に無批判に同調し、私の父を含め犠牲者になってしまった人も多かったことを忘れてはいけないと思う。
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名前が変わるという事

最近フェイスブックにどっぷりとはまっているDr.OK その機能の中で、大変役に立つものに、名前の検索がある。 フェイスブックは実名登録なので、参加している人の中に知り合いがいれば、すぐに連絡が取れる。 早速、中学校の卒業アルバムを引っ張り出して、昔のダチを探しに回った。 まだ、フェイスブックの参加者があまりいないので、ヒットする確率は少ないが、同僚の先生は、30年以来会っていないアメリカの友人から、突然メールが来たと感激していた。 中学校の卒業アルバムをみながら、ふと思った。 女の子は、結婚して苗字が変わっている人が多いから、フェイスブックのこの便利な機能が役に立たないんじゃないか・・・ Dr.OKは結婚以来、夫婦別姓でやってきている。 もう、30年近くになるのだが、その当時は『結婚して名前が変わる=女性の幸せ』と考える人が多かった。 松任谷由美(彼女も結婚して、改姓した)の曲、『続ガールフレンズ』の歌詞に、『名前変わるあなたがヒロインよ』とある。 この歌詞は、友人の結婚式のシーンを歌っているのだが、『結婚=改姓⇒女性の幸せ』というのが、その当時の女性の代表的考えであった事を表している。 『夫婦別姓選択制』(結婚するときに、夫婦が同性でも、別姓でも自由に選択できる制度)は30年以上議論が行われているが、いまだに法制化されてはいない。 最近では仕事上の都合で、結婚後も旧姓で通している女性も多くなっているが、結局のところ戸籍上の名前と社会的に通用している名前が違うという事に、さまざまな不利益が生じていることは間違いない。 夫婦別姓に対し、 『家族が同姓なのは日本の伝統』  『別姓にすると家庭が崩壊する』   などなど、反対する人も多いけれど、本当にそうなのかなぁ? 戸籍名と通称の二つの名前を使い分ける方が、よっぽど問題があると思うのだけれど・・・・ 少なくとも、別姓を希望している人たちには、自由に別姓が使える日が来ればよいと思う。
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『精神的』バリアフリー

減量目的で始めた朝のウォーキング。続けていると、決まった時間にすれ違う同好の人たちに出会う。 狭い道でお互い道を譲りながらすれ違うと、どこかおたがいに 『挨拶しよかな、やめよかな光線』を発していることに気づき、気まずいので思い切って大きな声で 「おはようございます」 と挨拶するようにした。 イヤホンを両耳につけて自分の世界に浸っている若者などは、気が付かないのか、全く無視されることもあるが、中高年の人のよさそうなおじさん、おばさん(向こうも私を同じように思っているのは確か ^^; )は、気軽に「おはようございます」と答えてくれる。 そんな中、脳卒中のリハビリや、何かの都合で足の不自由な方に出会うことも多くなった。 始めは、不自由な体をジロジロとみるのは失礼にあたるだろうと思って、なるべく気が付かないふりをしていたが、ある日ふと思った。 今まで、社会で活躍していた人が、突然不自由な体になってしまって、それでも一生懸命努力して自立して生きていこうと決心している人たちなのである。 そんな人たちが、健常人から無視されるとこは、差別されること以上に悲しいことなのではないだろうか。 きっと、一度や二度は 「自分は、社会的に無価値な人間になってしまった。」 と悲嘆することもあっただろう。 そんな人たちを『憐みの対象』と認識し、気づかないふりをするのが礼儀だと考えるのは、なんと思い上がった考え方だろう。 それ以来、体の不自由な人たちとすれ違う時には、『いつもより、大きな声であいさつしておりまぁすぅ~』と心の中でお正月のテレビでおなじみであった、染之助・染太郎師匠のように唱えながら深呼吸。 大きな声で「おはようございます」とあいさつすることにした。 嬉しそうな「おはようございます」が帰ってきたのは言うまでもない。 精神的なバリアフリーの社会が当然である時代が来ることを望んでいる。
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てきべん

てきべんとは『摘便』と書く。 肛門に指を突っ込み、便を摘出する行為である。 歩くのもおぼつかない、おじいさん、おばあさんがやってきて、 「先生、もう一週間もお通じがなくて、おなかが張って苦しくてかんわ~」(名古屋出身のご老人の場合) 「じゃあ、おしりから便を掻き出しましょうね」 「先生、汚いところ、すまんなぁ」 「大丈夫大丈夫、これで飯を食っているんですから」 けっして、ウ〇コを食べているわけではな(,_'☆\ バキ そういうのを、スカトロジス(,_'☆\ バキ(,_'☆\ バキ 他人の肛門に指をいれて、カチカチになった便を掻き出す作業は、けっして楽しいものではない。 施設によっては、摘便は研修医や看護婦(そういう施設では、看護師とは呼ばない)の仕事とされていて、自分で肛門診察もせずに、何日も便の出ていない患者さんが来たら 「はい、摘便とグリ浣(グリセリン浣腸)よろしく」 とお任せにする医師も多い。 そんな中で、指一本入れれば診断できる直腸癌を見落としてしまうケースも生じる。 医学的な是非はさておき、私が必ず自分で摘便をするのは、恩師、故隅越幸男先生の影響がある。 肛門病学の権威であった隅越先生は、決して摘便を弟子や、ましてや看護師にさせるようなことは無かった。 人が嫌がる仕事ほど、自分で進んでやる人格者であった。 引退する日まで、弟子のひとりであったDr.OKは、その考え方の影響を深く受けている。 ところで、この摘便という行為、ちょっとしたコツをつかめば、患者さんに無用な苦痛を与えることなく、効率よく行うことができる。 業務として一般人が行ったら、タイホされるかの知れないが、自分の年老いた父母が便秘で苦しんでいて、浣腸しても浣腸液だけ出てしまうような場合、家庭でも簡単にできるので、理想的な7摘便を伝授しましょう。 ①摘出した便を回収するため、古新聞を用意する。、摘出した便を、その都度塗りたくる。 ②ゴム手袋を二重にはめる。時に破れることもあるから、この二重にすることが大切である。 ③術者が右利きの場合、患者さんを左下側臥位にして、ひざを抱えた姿勢にする。 ④術者は右人差し指に、潤滑ゼリーをつける。痔の軟膏や食用油でも代用できる。 ⑤人差し指を患者さんの肛門に挿入する。 ⑥指の先端を、患者さんの背中側に曲げて、便を掻き出す。この際、掻き出す瞬間に患者さんにいきんでもらうと、括約筋が緩んで楽に掻き出すことができる。 ⑦十分に便を掻き出したら、最後に浣腸を行うと効果的である。 摘便している最中、患者さんはコワシハズカシの極致なので、頭脳を総動員して気の紛れるおしゃべりをする。決して黙って摘便をしてはいけない。 黙っていると患者さんは 「汚くて面倒な仕事させたら、お医者さん、怒っとるかもしれんがや」(名古屋出身の患者さんの場合) と感じるかもしれない。 きょうび、感じないかも知れんけど・・・o(-_-;*) これであなたも、摘便名人。面倒そうにしていた父母も、心の中では涙を流して喜んでいることでしょう。
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こんどはスカイプだぁ

GWの最大のイベントは、スカイプによるテレビ電話の開始であった。 帰省していた娘が、 「とーとー(お父さん)のPC、カメラとマイクが付いてるから、そのままでスカイプできるよー」 と教えてくれたことが事の始まり。 「ん、そうするとうまくすれば、遠く離れた娘と毎日テレビで電話ができるのでは・・・」 とひらめいたら最後、Dr.OK内蔵コンピュータは、過去ログからあらゆる記憶を引っ張り出し、テレビ電話の可能性を探った。 そういえば、娘の通う医学部は電子カルテが導入されていて、病院実習になると学生にi Padが貸与されて、それでカルテ記載を行うと聞いている。 「i Padでスカイプできるじゃん。」 と思い立ったら止まらない。 画像「今からヨドバシにi Pad買いに行こう」 「え~っ、買ってくれるのぉ???」 「生きるための武器は、常々十分使えるように訓練しておかなくちゃいけないんだよ。」 Dr.OK『生きるための武器』に相当するものは、赤貧洗うがごとくの生活をしていようとも(そんなことないけど、ちょっちイヤミな表現でスマソm(__)m)子供に買い与えるのである。 動画の編集もできるという(学会発表で使うビデオなんか編集できそう)、最新、最大記憶容量の機種を買っていそいそと帰宅。 父親の切なる希望を聞き入れて、早速スカイプに挑戦した。 まだ、漢字が読めない幼稚園児だった頃、マニュアルの平仮名と説明図だけ見て、あとはとにかく触って試してみるという恐れ知らずの性格で、さまざまな家電の使用方法をマスターする才能があった娘は、もともと詳しいマニュアルなどないi Padと私のPCをちょこちょこ触って、物の10分程度でスカイプ開通。 早速、隣の部屋からテレビ電話の実験を行った。 「とーとーのi Phoneともつながるよー」 最新型のi Phoneはもとから、テレビ電話ができる機能がついてあるらしい」 これもアプリをダウンロードして、あっという間にi Padとスカイプできるようになった。 ついこの間、幼稚園年少組で、おもらしをするたびに『ちびりん』とからかっていた娘も、役に立つ(ひょっとしたら父親よりPCを使い慣れている)大人の女性に成長したものだ(Τ∇Τ)←ウレシナキ。
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美容整形を非難するのはまちがっとる

美容整形の発達で、一昔前と比べても気軽に手術を受けることができるシアワセな時代になった。 それに比例して、美容整形をすることに対して批判する人も多い。 「芸能人の名まえ 整形」でググると、昔の写真をさらして非難するような記事がわんさか見つかってくる。 自分の家族や恋人が整形手術を受けることに反対するのは、個人の主義主張人生観の問題だから、あえてここでは問題としない。 ただ、芸能活動をしている方々のファンになるというのは、何を基準に判断するのであろう。 歌唱力、演技力などを評価基準にすることも多いが、容姿が気に入ってファンになるこにかなりの比重があるのではないか。 芸能人にとってファンを増やすのは、もろ営業活動で、収入はもちろん、彼女(彼)の人生の成功に直接つながる問題である。 「整形手術なんて、お金を出せば簡単に受けられる」 と思う人も多いだろうが、手術にかかる費用(ほとんどが自由診療なので保険は使えず、料金も自由に決められる。同じ手術が10万の場合のあるし、有名な医師なら100万と言ってもそれで通る)だって普通の手術と比較しても負担が大きい。 さらに、手術による痛み、腫れ、術後の管理、時には手術の失敗、何年もたってから生じる副作用などなどのリスクも自己責任で負っているのである まさに、批判されることなど『いらんお世話』なのである。 同様のことが、禿げた男性がカツラを使う事にも向けられている。 決して自分が禿げつつあるから言うわけではないが、それとれ『いらんお世話』なのである。 「Dr.OK、将来カツラを使うつもりで、ここでジャブを放ってるんじゃないのぉ?」 と、疑問に思われる方も多いでしょう。 いえいえ、今のところの計画では、禿げたらスキンヘッドと筋トレで作ったムキムキの体で、『周囲を威圧できるご隠居様』になろうと計画しているのですよ。(,_'☆\ バキ

おみやとおめざ

『おみや』という言葉を初めて聞いたのは、テレビ番組『ぐるぐるナインティナイン』のコーナー「グルメチキンレース・ゴチになります!」でのこと。 食べたものの値段を当てあるゲームで、最下位のものは全員の飲食代を払うという罰が与えられるが、それ以外にもルーレットで当たった人が、皆が持ち帰るお土産代を払うというもの。 人生のごとく、 「敗者には当然罰ゲームが用意されているが、時に敗者ではないもの、さらには勝者であっても理不尽な罰が与えられることがる」 という、教訓的なルールはよく考えたものだと感心した。 その中で、おみやげのことを『おみや』という。 業界用語なのであろうが、背筋がぞぞーっとするような違和感を感じてしまう。 おみやげのことを『おみや』と気取って言っているのが気に障るというわけではない。 むしろ、その裏返しで 『わざと気取った言い方をしているけど、自分はそんな気取った人間じゃないもんね。本当に上流の(何を上流というかはわからないが)人は、そんな見え見えな気取った言い方はしないものよ・・・』 と言っているように感じてしまう。 「じゃぁ、そのまた裏だったら、どうよ!」 といわれると、返答に困ってしまう程度の、浅い考えなのですけどね・・・ ついさっき、早朝のテレビで『おめざ』(起きて直ぐ朝食前にいただく甘味など軽いものあ)という言葉を聞いてしまった。 どうも今日は朝から、居心地のしっくりしない言葉の連続攻撃を受けてしまった。
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解剖実習

医学生の娘が3年生になったころ、 「とーとー(おとうさん)、解剖実習始まったよー(´▽`)ノワーイ」 と連絡がきた。 「様子はどう?」 と尋ねると 「面白いけど、大変だよー」 との返事。 はやくも、医学的に興味があることを『面白い』と言ってしまう、医者の嫌なところの片鱗をのぞかせている。 興味ある病気の患者さんを『面白い症例』という、医師仲間の会話は、一般の人から聞いたら不謹慎に聞こえるだろう。いわんや、生死をかけて重い病気と戦っている患者さんが聞いたら、どんなに気落ちするかわからない。 今度会ったら、注意しなくっちゃ・・・ Dr.OKも2年間の教養部生活をようやく終えて、3年目に医学部に進学したころ、解剖実習が始まった。 潤沢なご献体の準備がある我が母校は、4人で2体の解剖を行い、1体目は上半身、2体目は下半身というように、ぜいたくな体制で解剖実習を行った。 その分、解剖実習にかける教授の意気込みもすごく、実習時間内ではとうていこなせないような課題を与える。学生は、講義が終わると急いで解剖実習室を開けてもらい、時には日にちが変わるころまで解剖を行い、力尽きて講義室のソファーでお泊りするようなこともあった。 こうやって、実習が終わるころには、医師としての心構えの一片を会得するのも、解剖学実習の重要な意義である。 解剖実習にあきた医学生が、献体の耳をそぎ落として壁につけて「壁に耳あり」とふざけて退学処分になったという都市伝説があるが、Dr.OKの見た解剖実習には、そんな雰囲気はみじんもなかった。 実習の始まりには、すでにバラバラな物体と化しているご遺体に手を合わせて黙とうをしてから、おおってある青いカバーを取った。 とはいえ、全く押し黙って黙々とメスやはさみをふるっていたわけでもない。 時には冗談も言い合い、穏やかな雰囲気をつくらなければ、気が重くてやっていられないというのが、口に出さなくても皆の思いであっただろう。 「(医学生に切り刻まれるから)献体するくらいなら、死んだほうがましだ。」 なんてブラックジョークが飛んだのも、今となってはちょっと不謹慎だったかと反省する。 かけがえのない命を終えて、さらに献体するという崇高な意思をいただき解剖実習をすることによって、Dr.OKはなぜ医師になりたいかとの問いに、明快な回答を得ることができた。 それは、人の命を救うことは『絶対的に善』であるという事。 「それなら、世紀の大悪人の命を救うことも善なのでしょうか」 と聞かれることもある。 しかし、世紀の大悪人であっても、リンチで殺してしまうのは善ではない。 どうして、そのような犯罪的行為が行われたのか究明し、人類として二度とその過ちを繰り返さないための教訓を得ること。そのうえで、公正な裁判によって相応な社会的責任を果たさせるのが、善なのである。 なんか、話が大きすぎる方向に進んでしまった(*^~^*)ゝ 全国の医学生のみなさん、頑張ってください。
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無痛内視鏡検査

『まったく痛みを感じず、寝ているうちに大腸内視鏡検査ができます』 などという宣伝文句で患者さんを集めている医療機関がある。 今や【無痛内視鏡検査】でググれば、いっぱい検索できるほど流行っている。 どういうことするかというと、点滴をしている管からプロポフォールという麻酔薬を注入する。 プロポフォールは、全身麻酔を行うときに、真っ先に注入される。 患者さんは数十秒で意識を失った状態で、挿管(気管に管を通すこと)を行い麻酔器につながれる。 その効果は10分程度で切れて患者さんは自分で呼吸ができるようになるため、挿管できないような不都合があった場合にも、呼吸マスクをあてて手で人工呼吸をしていれば、患者さんは無事生還できる。 このすぐれた特性を用いることで、大腸内視鏡検査を受ける患者さんの点滴の管から、プロポフォールを持続的に注入して、意識のないうちに検査を行うことができる。しかも健忘作用があり、検査中に痛がっても、検査をしたこと自体、忘れてしまっていることもあります。 ただ、欠点もある。 重大な欠点は投与量が多いと、患者さんの呼吸は止まってしまうので窒息死する恐れがある。 マイケルジャクソンが眠るために医師に投与されてお亡くなりになったのも、この薬である。 実際に、プロポフォールを使って検査をしている先生に尋ねたら、 「大丈夫、ちゃんと呼吸モニターを付けていので、呼吸が弱くなったらアラームが鳴りますから」 しかし、検査に夢中になっていたり、モニターが壊れていた時などに事故は起こるものなのである。 『石橋をたたいて割ってしまう』と言われているDr.OKは、 「使えば患者さんの評判がよくなり、Dr.OK改め『Dr.ペインレス』と映画 M★A★S★H に登場する歯科医のように呼んでもらえるようになるかしらん」 と思いながらも使っていない。 痛みが少なくなるように、内視鏡の挿入技術を磨くのはい言うまでもないが、おしゃべり好きなDr.OKは検査中に患者さんに話しかけることで気を紛らわせ、痛みを感じにくくして検査を行うようにしている。 これを『しゃべくり麻酔』と呼んでいる。 最後に、私の知り合いの麻酔医は、プロポフォールを使っての内視鏡検査について 「麻酔医のいないところで使うなんて、こんな恐ろしいことは無い。」 とおっしゃっていた。 それでもプロポフォールを使っての大腸内視鏡検査をご希望の方は、くれぐれも検査中の監視体制がしっかりしている医療施設を選んでくださいね !(^^)!
posted by Dr.OKの消痔堂日誌 at 04:32Comment(0)TrackBack(0)

続:直腸鏡

画像直腸鏡の価値をあまり認めない医師の考えの一つに、その検査体位が患者さんから嫌われ、ひいては来院する患者数が減ってしまうのではないかという懸念があるのも事実のようだ。 肛門を人に見せるということですら恥ずかしいのに、四つ這いになりおしりを高くする、いわゆる『ワンワンスタイル』。 そこへ金属の長い棒を挿入されるのだから、想像したら赤面しそうである。 しかし、この体位(膝胸位)をとることによって直腸に空気がたまり、まっすぐの筒である直腸鏡を安全かつ容易に深くまで挿入する事ができる。 直腸の形に沿ってなれた医師が取り扱えば、痛みは全くない。 局所が大きく露出しないように、バスタオルや穴あきのシーツをかけて検査を行う配慮も行なわれている。 そもそも、医療行為には痛みや恥ずかしさはつきものだ。 例えば心臓内科の医師が、胸の痛みを訴えてきた若い女性患者さんに、恥ずかしがるからといって下着ををつけたままで聴診をするであろうか。 患者さんが恥ずかしがるからといって重大な病気を見逃すかもれない危険を犯すのは、専門医としてあってはならないことだ。 もちろん、肛門から出血する患者さん全員に大腸内視鏡検査が行えれば、それはそれで理想だと思う。 ただ、時間がないとか、大量の下剤を飲むのが嫌だとか、様々な理由で大腸の検査を受けずにそのままになり、「発見された時には大きな直腸癌になっていた」なんてことは、それほど珍しい事ではない。 患者さんに充分に説明し検査の必要性を理解してもらって、恥ずかしかったり苦痛を伴う検査を行うのが医師の務めだと思う。 もちろん、説明を聞いても納得しない人まで強制的に検査する事はできない。 「それはその人なりの人生観なのだ」 と、これも大切にしなくてはいけない、患者さんの権利だとも思う。

直腸鏡

「おしりから血の出る患者さんを集めた診療科を始めたらどうか」 昭和35年、社会保険中央総合病院大腸肛門病センター創始者の、故隅越幸男先生は考えた。 その当事の社会保険中央病院は、今からは考えられないほどの経営難。 給料の遅配が続き、外科に所属していた若き隅越先生も 「なんとかせねば」 と思っていた。 ある日、院長に呼び出されて、 「隅越君、病院も何か特徴のある診療科を持つべきだと思うのだが、どうだろう」 と、その当事まだ一般病院には少なかった脳外科と肛門科を提案されたそうだ。 脳外科は近くにに大学病院や国立病院がいくつもあるから競争が激しくなるだろう。 単に痔の治療するだけの肛門科では、街中の開業医とバッティングする。 そこで、大腸癌も常に考慮し 『痔も大腸癌も診られる』 という特殊な診療科としてスタートした。 おしりから赤い血が出る場合、ほとんどが痔核や裂肛からの出血である。 しかし、指がほんの少し届かない直腸に癌があって出血している事もまれにある。 肛門科の医者なら、 「長いあいだ座薬で治療していた患者さんが、実は直腸癌だった」 とか 「半年前に脱肛がひどくて即手術になった患者さんが、実は直腸癌も合併していた」 というのは、一度ならず経験するところであろう。 そこで隅越先生が多用したのが、直腸鏡という直径2㎝ほどの金属の筒。 広く普及していた直腸鏡は、乾電池を使った豆電球で見るものが多く、視野が暗くてよく見えない。 そこで隅越先生は病院出入りの器械屋さんに注文し、今では大腸内視鏡に採用されている強力な光源を内視鏡と同様にグラスファイバーのワイヤーで誘導し、明るい視野が確保できる直腸鏡を作ってもらった。 まだ内視鏡の普及していない時代、この金属の筒で行う簡単な検査で、直腸癌を見つけられて救われた患者さんがどれだけいる事だろう。 最近は大腸内視鏡が比較的簡便に行われるようになったため、 「直腸鏡の利用価値はあまりない」 と考える医師もいるようだ。 しかし、前もって下剤を飲む必要もなく、肛門の診察に続いてわずか1分ほどで人工肛門になるかもしれない直腸癌の恐怖から開放されるわけである。 ちなみに、料金は3割負担の人で約1000円。 本当に、利用価値がないと言えるだろうか。 社会保険中央総合病院大腸肛門病センターには、隅越先生の置き土産とも言える直腸鏡が今でも20本以上並んでいる。
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ゴルフサークル

50歳にして突然始めたゴルフ。 悲しい事に、ゴルフ仲間がいないので、ラウンドに出る事ができない。 毎日1人で練習するのも楽しいけど、このままじゃ『練習場の王者』になってしまう。 大学生の頃、その当事大流行していたテニスを初めた。 ボルグやマッケンローが活躍していた時代である。 壁打ちにも飽きてコートで練習したくなったが、普通に面貸しのコートを借りるのは金銭的に大変。 そこで、公営のコート(2時間面貸し300円)を早朝から並んで日曜日のコートを確保した。 同級生や、テニススクールで知り合った社会人の人たちが参加してくれて、あっという間に仲間が増えた。 その時の経験を生かして、『初心者のためのゴルフサークル』を作ったらどうかと、朝練しながら突然思いついた。 偶然、その日の昼休みにクリニックにやってきたMRのピィーーーーさん(20歳代のスポーツマンタイプ)と、ラーメンを食べながらおしゃべりをした。 「ゴルフなんてやらないの?」 「それが始めなくちゃいけなくて、しょっちゅう先輩にゴルフショップにつき合わされているんです」 やはり、職業柄「ゴルフの一つもたしなまないと」というところらしい。 「僕も半年くらい前に始めたんだけど、一緒にラウンドする仲間がいないんだよね」 「でも、頻回にラウンドするのはなかなか難しいでしょ」 確かに首都圏のゴルフ事情は厳しい。 ウィークデーに行ける人はまだしも、日曜祭日しか休みの取れない人は、めっぽう高い料金と高速道路の大渋滞という運命が待っている。 「そこで僕が思いついたのがショートコースなんだよ」 ショートコースなら、近場にあるし、料金も安い。 日曜の早朝から始めれば、お昼前には家に帰られる。 頻回に行っても、お財布にも、時間にも、待っている家族にもヤサシイ(^-^) 「それいいですねー。家内も参加させてもいいですか?」 ピィーーーーさんは、大乗り気だ。 「仲間にも声をかけてみます。始めたばかりの人も何人か知っていますから」 「じゃぁ連絡が取りやすいように、僕がさっそくメーリングリストを作るから、メールで連絡してね」 アイディアがあっという間に現実になってきた。 ただ、ここで注意しなくちゃいけないのは、医者の立場を利用してMRさんたちを無理やり参加させるような事があってはいけないということ。 あくまで、友人として付き合える事が大切である。 そこで考え出したのが下記の 【サークルのオキテ】 ①仕事の関係を持ち込まない。 ②「先生」という呼称は禁止。 ③費用は原則折半。ただし、年長のものが多く払うことは差し支えない。 ④接待や製品の差し入れは禁止。 ⑤メーリングリストには、積極的参加。最低週一回はレスを入れるのが望ましい。 楽しい、サークル活動ができるといいなぁ。
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新聞屋さんと洗剤

Dr.OKは早起きである。 早朝の時間を使って、ブログを書いたり、メールの返事をしたりする事と平行して、洗濯をするのが日課である。 洗濯といっても、全自動洗濯機だから、適当に衣類を突っ込んで洗剤を入れてスイッチを押すだけ。 ベランダに干せないきまりのマンション生活だから、洗い終わったら乾燥機に移す。 5分ほど回したところで、シワになりそうなものはハンガーにかけて、あとは乾くまで乾燥機で回しっぱなし。 実働時間5分の作業である。 冬の間は粉末洗剤が溶けにくいので液体洗剤を使っていたが、このところは新聞屋さんが集金の時にくれた粉末洗剤を愛用。 そんな話をしていたら、『新聞屋から洗剤を手に入れるテクニック』を披露してくれた人がいた。 彼によると、契約は一ヶ月ごとの更新が基本。 集金のたびに、他紙への乗換えをちらつかせて、大量の洗剤をゲットするとの事。 「洗剤なんて、買ったことないっすよ」 家族のために頑張るお父さんなのである。 一方Dr.OKというと、こういう交渉はからっきし意気地がない。 読まなくなった新聞を断ることさえ、なかなかできないでいる。 開くことなくたまった新聞の束を見るたびに、 「何とかしなくちゃ」 と思っていたら、しっかり者の娘が断ってくれた。 v( ̄ー ̄)v
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携帯メール

友人から聞いた話。 深夜、兄弟の携帯にメールしたら翌朝 「夜中に驚いて、家族全員目が覚めてしまった。夜中にメールなんて非常識だ」 とクレームを言われたとの事。 インターネットが普及し始めの頃、メールの恩恵を受けているのはミュージシャンに多いと聞いた。 世界中をコンサートツアーしているので、電話などではプロデューサーもなかなか連絡が取れない。 時差の問題だけではなく、どこに居るかも解らなくなってしまうミュージシャンに確実に連絡が取れる方法として、インターネットメールが重宝したという歴史がある。 Dr.OKも国内で『時差』のある生活をしているので、電話よりメールのほうが都合がよい。 普通の人にとって常識的な時間でも、Dr.OKにとっては熟睡中のこともある。 年のせいか寝入りばなに起こされると、そのまま眠れなくなることもある。 Dr.OKも時間に関係なくメールを送る習慣なので、ちょっと気になった。 特に、早寝早起きなので、早朝にメールの整理をする習慣がある。 とりあえず、携帯のアドレスの人には注意しなくちゃ。

4月8日に生まれて

今日はDr.OKの誕生日。 くしくも、お釈迦様と同じ日である。 Dr.OKが通っていた保育園はお寺さんが経営母体。 4月8日にはお遊戯室の舞台の上に、小さなお釈迦様の像が飾られ、園児が順番に甘茶をかけていく行事が行われた。 長じて浪人時代、予備校の漢文の先生から『天上天下唯我独尊』という言葉を習った。 お釈迦様が生まれた時、四方に七歩ずつ歩み、右手で天を、左手で地を指して唱えたという言葉 である。 『唯我独尊』の字面から、『世の中で自分ほどえらいものはないと、うぬぼれること。』と捉えられることもあるが、本来の意味は『人はそれぞれその人にとってかけがいのない尊い存在である 』 ということにある。 既にDr.OKも51歳。 あと何年寿命があるのかわからないけど、自分を大切にして他人も大切にして、精一杯生きようと思う。

笑わない人

Dr.OKは笑わない。 微笑む事はあっても、めったに声を出して笑わない。 お笑い番組は好きでも、テレビを観て笑った記憶がない。 損な性格だとは思うが、性格だから仕方ない。 いつからそうなのか、思い出せないが、声を出して笑っている自分が思い浮かんでこない。 思い当たるといえば、小さな時に母親から聞いた話。 Dr.OKの母方の曾祖父に当たる人は武士だったそうだ。 遺影に髷を結った写真が飾ってあった。 死ぬまで髷を切らなかったからだ。 その、曽祖父の前で声をたてて笑うと 「武家の者は、感情をあらわにしてはならない」 と叱られたそうだ。 その話を聞いてから、「声を出して笑う」=「良くない」という誤った回路が出来上がってしまったのだろうか。 「三つ子の魂、百まで」とは、よく言ったものだ。

〇〇家メールアドレス

『おしりの悩み相談室』とやっているおかげで、不特定多数の人からメールをいただく。 その中で、疑問を感じてしまうというか馴染めないものにメールアドレスが『〇〇家』となっているものがある。 家族一丸、仲良く秘密は持たず、どんな時でも理解しあって・・・ なのかもしれませんが、まさかその家では 「うちの娘にもついにラブレターが来たか。さっそくみんなで読むべい。なになに、『あぁ、変しい変しい○○さん!』だとぉ!!」 なんて事はないでしょ。 メールを送るほうにしたって、誰が開封するかわからないメールアドレスに、プライベートな内容のメールは送信しにくいのではないだろうか。 そんな疑問を、先日友人に聞いてみたら 「別に、なんとも思わないよー」 とのお返事。 Dr.OK、神経質すぎるのでしょうか?