内科・外科・小児科・・・

通勤途中に新しくできたクリニックの看板に 『内科・外科・小児科・胃腸科・肛門科』 とたくさんの診療科が列記してあった。 1人の医者で、これだけの診療科で全てスペシャリストということは考えられない。 たいていは、どれか一つを専門としていて他は関連した診療科である事が一般的である。 そういう目で想像すると・・・ まず、内科の医者が『外科』を名乗る事はまずない。 メスを人の体に入れるということは、それによって起こる様々なトラブルも対処できなくては恐ろしくてできないであろう。 そうなると、この医者はメスを握った経験のある外科系の医者という事になる。 また、小児科という科も相当慎重を要する。 大学生の頃、小児科の教授から 『子どもは小さい大人ではない』 と釘を刺された。 「薬の量を少なめに出せば何とかなる」 なんて甘い事を考えていると大変な事になる。 特に、小さな子どもの病気は進行が早い。 夕方診察して、「朝まで様子を見ましょう」なんて事が、命取りになることもある。 そう考えると、小児を扱った外科医ということで、『小児外科』の医者だったのではないかというのが迷探偵Dr.OKの推理。 小児科に続く胃腸科は『消化器科』と比べると専門性が低いので、全身を診る事ができる診療科を経験していれば何とかなるであろう。 それにしても、最後にとってつけたような『肛門科』はいったい・・・ (゚_゚i)

★★ジオンニュース★★ 喜びの声

通信販売で売られている、薬や健康食品の中には 『患者様の喜びの声』 と称して、「痔が治った」「アトピーが治った」「癌が治った」などという体験談を載せているものがあるが、薬や治療法の効果判定としては、かなり怪しいと思っている。 例えば血栓性外痔核やかんとん痔核。 急に痔核が腫れて痛む病気だが、何もしなくてもきれいに治る。 もちろん、軟膏や飲み薬を併用すれば、痛みも抑えて早く治る。 自然に治るものも以外にも、中には誤診で「実は〇〇ではなかった」なんてことが稀にはおこるだろうから、たった一回の経験談で効果を判断するのは危険である。 とはいえ、実際に自分が行った治療で病気が治った患者さんの喜びの声を聴くのは、嬉しいものである。 先日もジオン注射療法で脱肛する痔核を治療した患者さんがいた。 その人は、体質的に出血が止まりにくいとのことで、今まで手術を受けるのをためらい、肛門から大きく脱出する痔核に苦労していた。 それがジオンを注射した翌日から脱出は全くなくなった。 外見上は外痔核が残っているので、治療する側の医師としては 「手術なら、もっと完璧に治るのだけれど・・・」 という物足りなさはある。 しかし、患者さんにとっては、注射一本で今まで悩んでいた脱肛が気にならなくなってしまったので 「本当に、カンゲキです」 とまで、言ってくれた。 今まで手術でもっと完璧に治療して感謝された事はあったが、今回ほど喜んでもらえた経験は記憶にない。 この程度で、そんなに感謝してもらって、申し訳ないような気分である。 やはり、痛みがない、費用が安い、入院の必要がないというメリットが大きく作用しているのではないだろうか。
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続:直腸鏡

画像直腸鏡の価値をあまり認めない医師の考えの一つに、その検査体位が患者さんから嫌われ、ひいては来院する患者数が減ってしまうのではないかという懸念があるのも事実のようだ。 肛門を人に見せるということですら恥ずかしいのに、四つ這いになりおしりを高くする、いわゆる『ワンワンスタイル』。 そこへ金属の長い棒を挿入されるのだから、想像したら赤面しそうである。 しかし、この体位(膝胸位)をとることによって直腸に空気がたまり、まっすぐの筒である直腸鏡を安全かつ容易に深くまで挿入する事ができる。 直腸の形に沿ってなれた医師が取り扱えば、痛みは全くない。 局所が大きく露出しないように、バスタオルや穴あきのシーツをかけて検査を行う配慮も行なわれている。 そもそも、医療行為には痛みや恥ずかしさはつきものだ。 例えば心臓内科の医師が、胸の痛みを訴えてきた若い女性患者さんに、恥ずかしがるからといって下着ををつけたままで聴診をするであろうか。 患者さんが恥ずかしがるからといって重大な病気を見逃すかもれない危険を犯すのは、専門医としてあってはならないことだ。 もちろん、肛門から出血する患者さん全員に大腸内視鏡検査が行えれば、それはそれで理想だと思う。 ただ、時間がないとか、大量の下剤を飲むのが嫌だとか、様々な理由で大腸の検査を受けずにそのままになり、「発見された時には大きな直腸癌になっていた」なんてことは、それほど珍しい事ではない。 患者さんに充分に説明し検査の必要性を理解してもらって、恥ずかしかったり苦痛を伴う検査を行うのが医師の務めだと思う。 もちろん、説明を聞いても納得しない人まで強制的に検査する事はできない。 「それはその人なりの人生観なのだ」 と、これも大切にしなくてはいけない、患者さんの権利だとも思う。

直腸鏡

「おしりから血の出る患者さんを集めた診療科を始めたらどうか」 昭和35年、社会保険中央総合病院大腸肛門病センター創始者の、故隅越幸男先生は考えた。 その当事の社会保険中央病院は、今からは考えられないほどの経営難。 給料の遅配が続き、外科に所属していた若き隅越先生も 「なんとかせねば」 と思っていた。 ある日、院長に呼び出されて、 「隅越君、病院も何か特徴のある診療科を持つべきだと思うのだが、どうだろう」 と、その当事まだ一般病院には少なかった脳外科と肛門科を提案されたそうだ。 脳外科は近くにに大学病院や国立病院がいくつもあるから競争が激しくなるだろう。 単に痔の治療するだけの肛門科では、街中の開業医とバッティングする。 そこで、大腸癌も常に考慮し 『痔も大腸癌も診られる』 という特殊な診療科としてスタートした。 おしりから赤い血が出る場合、ほとんどが痔核や裂肛からの出血である。 しかし、指がほんの少し届かない直腸に癌があって出血している事もまれにある。 肛門科の医者なら、 「長いあいだ座薬で治療していた患者さんが、実は直腸癌だった」 とか 「半年前に脱肛がひどくて即手術になった患者さんが、実は直腸癌も合併していた」 というのは、一度ならず経験するところであろう。 そこで隅越先生が多用したのが、直腸鏡という直径2㎝ほどの金属の筒。 広く普及していた直腸鏡は、乾電池を使った豆電球で見るものが多く、視野が暗くてよく見えない。 そこで隅越先生は病院出入りの器械屋さんに注文し、今では大腸内視鏡に採用されている強力な光源を内視鏡と同様にグラスファイバーのワイヤーで誘導し、明るい視野が確保できる直腸鏡を作ってもらった。 まだ内視鏡の普及していない時代、この金属の筒で行う簡単な検査で、直腸癌を見つけられて救われた患者さんがどれだけいる事だろう。 最近は大腸内視鏡が比較的簡便に行われるようになったため、 「直腸鏡の利用価値はあまりない」 と考える医師もいるようだ。 しかし、前もって下剤を飲む必要もなく、肛門の診察に続いてわずか1分ほどで人工肛門になるかもしれない直腸癌の恐怖から開放されるわけである。 ちなみに、料金は3割負担の人で約1000円。 本当に、利用価値がないと言えるだろうか。 社会保険中央総合病院大腸肛門病センターには、隅越先生の置き土産とも言える直腸鏡が今でも20本以上並んでいる。
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頑張れ受験生

Dr.OK、たった一回だけだが痔になった事がある。 大学受験浪人、それも三浪、の時、毎日予備校と図書館と家の三角締め状態の時代。 勉強一日10時間が最低ライン、「一分一秒が惜しい」という心構えで机に向かっていた。 わずかなトイレ時間も、貴重な気分転換タイム。 個室に座って、来し方行く末を思いながら、いつもより長めにいきんでいた。 なかなか御大がご登場しないので、あきらめて下をみると・・・ なんと、便器に溜まった水の底に血と思われる真っ赤な液体が沈んでいるではないか。 「う~ん(←駄洒落ではない)、これが痔っていうやつか」 幸い、痛みもなく、出血もそれ一回だったから、何もしなくても治った。 考えてみれば運動不足、食生活の乱れ、座りっぱなしの毎日と、痔主一直線の生活を送っていたわけだ。 先日、若い女性が診察にやってきた。 恥ずかしさが全身からみなぎっている。 恥ずかしさを隠すためか、精一杯おしゃれしてきたところなんかがいじらしい。 問診表を見ると19歳学生。 「出血が気になって・・・」 と、ややうつむき加減で話す。 Dr.OK、緊張を和らげようと世話話をする。 「学生さんというと、座って勉強ばかりしているんですか?まじめですねー」 「えぇ、受験生ですから」 あの頃の自分と重なる。 同級生がほとんど大学に進学し、ぽつんと1人取り残されて孤独に闘っていた。 体力と精神力の限界に挑戦していた。 その甲斐あって自分の手で勝ち取った合格という『成功体験』が、その後の人生の困難を乗り越える大きな自信となった。 頑張れ、受験生のみんな。 『運命が用意してくれた大切なレッスン 』なのである。 ちなみに、痔核からの出血なら座薬で治りますから、ご心配なく (^_^)
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僕って、死ぬんですか?

Dr.OKが医学部卒業後外科医として5年過ごした病院は、救急医療に力を入れていた。 研修医の頃、当直をしていて満床になって入院を断ったら、翌朝院長に呼び出されて叱られた。 「病棟に処置室があるだろ。そこに朝まで寝かしておいて、お前がつきっきりで診とれ!!」 とはいえ、活気はあった。 救急医療の要を果たしているという満足感もあった。 救急隊からどんな連絡があろうと、 「まっかせなさぁ~い」 という気概もあった。 ある夜、20歳代で痩せ型の男性が運び込まれた。 自動車を運転していて交通事故を起こし、ハンドルでお腹を打ったらしい。 特に目立った外傷はない。 お腹を触っても、痛いという訴えもない。 血圧も安定していて、一見たいしたことはなさそうで、ホッとした。 「お腹のCTを撮りましょう」 と気の弱そうな男性に説明すると 「僕って、死ぬんですか?」 といきなり言われてぎょっとした。 「なに言ってるんですか、お腹を打ったから念のために撮るだけですよ。一晩入院したら、明日は退院してもらいますからね」 きっと、気が動転しているのだろう。 安心させようと思って、軽口をたたきながらストレッチャーを押しながら夜間でひっそりした廊下をCT室に向かった。 CT室では既に放射線技師がCTの電源を入れてスタンバイの状態で待っていた。 ストレッチャーからCTのベッドに移して、撮影を始める。 「5分くらいの辛抱ですから、スピーカーからの支持にしたがって息を止めてくださいね」 と技師さんが伝えて、全員操作室に退避した。 「息を吸ってー、ハイッしっかり止めてー」 ピピピピピピピピー。 CTが上半身から順に下に向かって撮られて行く。 モニターに映し出された患者さんの顔を眺めていて、何か異変を感じた。 「ちょっと撮影待って!」 ドアを開けて患者さんに近づいた。 「大丈夫ですか」 声をかけても返事がない。 顔を近づけると、息をしていない。 脈も触れない。 大急ぎで心電図モニターをつけると、心停止状態である。 CT操作室から技師さんが叫んだ。 「先生、大動脈破裂だ!!」 その後の修羅場は、思い出すだけでも悲しくなる。 あの男性は、自分の死期が近づいている事がわかっていたのだろうか。
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うれしいとき

大腸内視鏡検査を終え 「どうです、大丈夫でしたか?」 との問いかけに 「前の病院では七転八倒の苦しみだったんですが、今回は全然痛くなかったです」 と答えていただいたとき。 心の中で 『勝ったぁ!』 と思わずv( ̄ー ̄)v 手術後の患者さんに感想を聞いて 「こんな事だったら、もっと早くやればよかったです。」 と答えが返ってきたとき。 心の中で 『うんうん、そうでしょそうでしょ』 と思わず(・_・)(._.) 最近、新たにうれしいとき 診察を終えて、 「おだいじに」 とありきたりの挨拶に対して 「ブログ面白いですね。」 と、思いもよらぬ感想をうかがったとき うれしいけど、ちょっち(*^~^*)ゝ
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続 自分らしけりゃ・・

教科書どおりのスイングで肘が痛くなったので、いつもの先生の指導を受けた。 まず修正が入ったのが肘の関節の遊び。 右手をかぶせ気味のグリップにしたことで、左肘にも力が入って遊びがなくなっているとの事。 「右手も気持ちよく握れる位置で大丈夫。無理にかぶせる事はない」 との一言で安心した。 スタンスについても、広めで問題なし。 狭いほうが、いくぶん打球の精度が高まるけど、Dr.OKの体格を安定させるには相当下半身を鍛えなくちゃ無理。 「広めで体制を整えたほうが、今のレベルでは安定したショットができる」 という説明であった。 話を伺っていて気がついた。 これって、医者の仕事とそっくり。 患者さん一人一人の体質や、生活習慣を加味して治療方針を変える。 はたまた、到達すべき『身体レベル』によっても、治療内容は変わってくる。 ゴルフで、誰もがプロやシングルになれるわけではないように、『身体レベル』も誰もがトライアスロンに出たり、大車輪ぐるぐるオジサンになれるわけではない。 ゴルフって勉強になるなぁ。
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取材記事

先日、日刊ゲンダイが取材記事を掲載してくれたおかげで、 「日刊ゲンダイを見た」 といって来院された方がいらっしゃった。 「アイビー大腸肛門クリニック院長」としか表記していなかったが、インターネットで調べたそうである。 『一に口コミ、二にインターネット』というのは、確かにそのようで、毎日ブログを書いていることも効果があったようだ。 昨日は『国際グラフ』というところから、取材の申し込み電話があった。 アサヒグラフというのなら知っているけど、国際グラフというのは聞いたことがない。 銀行においてある情報誌だとの説明であった。 電話の話声は、出版社の人にしては立て板に水のごとく、早口でしゃべりまくる。 時々かかって来る 「税金対策のために、大阪のマンションを紹介しております」 という類の電話にそっくりな口調だ。 話の内容は、 「先生のクリニックはとても評判が良いので、是非雑誌で紹介させて欲しい」 という、開業したてて患者さんを首を長くして待っている立場からは、とても嬉しい話だ。 取材の形式も、芸能人をインタビュアーに使ってするとの事。 思わず頭の中に、雑誌の中で有名芸能人と一緒に写真に納まっているDr.OKを想像してしまった。 話の詰めに入って、日程を決める段になって 「芸能人を使うので、ギャラの一部を負担して欲しい」 との申し入れがあった。 ちょっと待てよ。 記事の掲載された雑誌を売って収入を得るのが出版社のお仕事でしょ。 今まで取材を受けて謝礼をもらった事はあるが、お金を払った事はない。 何のことはない、取材という形式を取った広告記事を掲載することなんだと理解。 きっと、知っている人が読んだら失笑するくらいの、チョーチン記事を書いてくれるんだろう。 「お金のかかることは、私の一存では決められませんから」 と説明すると、 「取材期限が迫っているので、金曜日までに取材したい。」 と、どうにもあわただしい話。 よくよく考える時間もなく、契約してしまう人もいるんだろうなぁ。

「かかりつけ医」とMy「専門医」

取材について」について いつもトラックバックをかけてくれる、フィナンシャルプランナーでもある椎原さんが 『退職後の医療費を削減するための「かかりつけ医」とMy「専門医」をいかに選択するか』 という内容で取材を受けるという事なので、医療業界をある程度知っている立場から考えると・・・ 医療費を少なくするのにもっとも効果があるのは、『病気にならない』ことに尽きる。 当たり前のような事だが、「予防医学が社会的な医療コストを削減する」という話は、大学の衛生学の講義でさんざん聞かされた。 そういう視点で「かかりつけ医」を選択するなら、充分に話をしてくれる医者が望ましい。 どうしたら病気にならないか、忙しい診療時間を裂いてでも可能な限り患者さんを教育しようとする姿勢を評価すべきだと思う。 Dr.OKならそういう医者をどうやって選ぶかといわれれば、自分と「ウマが合う」と思われる、「この先生は、自分と価値観が近いなぁ」と思われる医者を選ぶ。 医者の技術を評価するのは、医者だって難しい。 表だった医者の経歴は、ある程度は参考になるけど、最終的に評価するのは『人となり』 どんなに立派な経歴があったって、「嫌な奴だ」と感じてしまうようでは、こちらからの情報も正確に伝わらない。 そんなコミュニケーション関係では、適切な診療は不可能だ。 「専門医」というと、医者以外の人が自分で判断するのはもっと難しいだろう。 よく週刊誌などに載っている『名医特集』も、業界事情を知っている医者の目から見ると  (?o?)  という事もある。 口コミというのも、危うい事がある。 大繁盛している病院でも、内部事情を知っている医者の目で見ると (-”-;)という事もある。 そこで役に立つのが「かかりつけ医」。 親切な「かかりつけ医」なら、真剣に専門医を探してくれる。 自分の専門外であっても、医者のネットワークを使って探すことができる。 そういう点でも、お友達になれるような「かかりつけ医」を見つける事が、病気にならないで医療費を削減するもっとも効果的な手段ではないだろうか。
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開業若葉マーク

同業の開業医Q先生と食事をした。 既に10年ほど前に開業されて、順調に病院を経営されている。 開業若葉マークのDr.OKのことを心配されて、開業前から「落ち着いたら、一度食事でもしましょう」と誘ってくださっていた。 まだ、開業して一週間。 右も左もわからないというのがぴったり。 自分のスタンスで問題ないのか全く自信のないDr.OKにとっては、ありがたい機会だった。 開業となると、病院の経営という事が大きな問題になる。 自分の生活に関わるだけでなく、雇っている従業員の生活まで責任があるわけだから、潰すわけにはいかない。 かといって、『金儲け』に走ってしまうことも問題だ。 専門家の医者が『シロウト』の患者さんから、必要以上の金をむしりとる事なんて、赤子の手をひねるよりたやすい事だ。 その辺のバランスをどのように取るのが正解なのか、お話をうかがった。 「痔瘻の手術を予定すると、まれに手術のときに痔瘻がわからなくなっている事があるでしょ」 とQ先生。 確かに、肛門周囲膿瘍を切開排膿した直後に手術を決めてしまうと、数週間後には痔瘻にならずに治ってしまっている事がまれにある。 「そういう時は手術室で患者さんに『ごめんなさい』と素直に謝り、手術は中止。もちろん、治療費はもらいません。」 なかなかできることではない。 「だって、そこで適当な手術をしても再発する可能性が高いし、そうなると無駄な手術で大切な括約筋を切る事になるものね」 Dr.OKも同感である。 ずいぶん昔、他の先生からこういう事例についての話を聞いた事がある。 「切開排膿すると、患者さんは楽になるから、再診に来てくれない。だから、切開排膿したときに手術日を決めないといけないんです」 考えようによっては『これにも一理ある』と思われるかもしれない。 しかし、ここで患者さんに充分説明をして再診の必要性を理解させる努力をどのくらいするかは、医者の良心にかかっているのではないだろうか。 その後お酒の勢いもついて、二人とも理想を語る。 「やっぱり患者さんの利益を第一に考え、お金儲けすることで魂を売っちゃいけないよね」 「そうそう。どんなにお金を儲けたってあの世まで持っていけるわけでなし。」 「死んだ時、患者さんからむしりとったお金で、金の棺桶に入ってもしょうがないでしょ」 「仕事に対するプライドを捨てたらオシマイだよね」 『おまえら、何をヌルイこと言ってるんだよ』と思う人もいるだろうなぁ・・・
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日刊ゲンダイに載った

画像先日、日刊ゲンダイの記者さんからメールが届いた。 発売して一年を経過したジオンについて、実際に治療した患者さんの反響などを記事にしたいとの事。 今までは、『肛門疾患のメッカ』と言われる社会保険中央総合病院大腸肛門病センターに所属していたから、その『ご威光』でちょくちょくマスコミの取材が入る事があった。 一開業医になった今、「そういう依頼とは縁がなくなったんだろうなぁ」とちょっとばかり寂しく思っていた矢先、嬉しい要請ではありませんか。 それに開業したてで、まだまだクリニックの社会的認知度は低く、『渡りに船』とはこのこと。 院長室は、まだソファーが届いてなく引越し荷物も山積みとなっているので、診療後の待合室でお話を伺った。 ジオンを注射したときの合併症やその後の副作用の経験、はたまた患者さんの評判について次々と質問事項が挙げられたが、「まっかせなさぁ~いっ!」 そういう内容なら、今までブログでさんざん書いてある。 ブログの良いところは、日記のように様々な事が書いてあっても、それぞれにカテゴリー分けがしてあるので、関連記事を簡単に取り出せること。 毎回、データがきちんと整理してあれば、それを繋げて詳細な記事を作ることも可能だ。 簡単なお話とブログの記事を紹介して、インタビューは30分ほどで終了。 その後、記者さんはブログを参考にして記事を作成。 電子メールで校正依頼が届き、ちょいちょいと手直しをして即入稿。 手際の良い対応が評価されたのか、連載記事の企画も持ち上がっている。 いよいよDr.OKの方にも、良い風が吹いてきたようだ。

問い合わせメール

開業まで一週間を切って、毎日機材の搬入や、電子カルテ操作の勉強、様々な書類作りなど、まだまだ準備が整わない。 のんびり屋のDr.OKもさすがに気持ちが焦ってきて、朝3時頃に目が覚めてしまうので、検査の説明書類の原稿を作ったりしていてすごしている。 そんな日常で勇気付けられるのが、患者さんからの電子メール。 「社会保険中央総合病院に問い合わせたらDr.OKは退職したと聞いたので、アイビークリニックを受診したい」 というもの。 『開院初日、患者さん0人』ということだけは、回避できそうな雰囲気。←甘いか?! この記事を書きながら気づいたのだが、インターネットでのインフォームドコンセントを目指してホームページを開設したのが1996年5月だから、今年で満10年になる。 開設以来、毎日患者さんから送られてくる医療相談メールに地道に返事を書いていた事が10年目の開業に役立つとは、想像だにしていなかった。 そういえば、インターネット上での医療相談も、最近では珍しい事ではなくなった。 Dr.OKが始めた当事は、 「誤解があった場合、責任を取らされるのではないか」 という懸念を口にする医者がほとんどだったが、この10年間そういう事態は気配すら感じなかっただけでなく、いたずらや冷やかし半分の医療相談メールすら一通もこなかった。 皆、真剣に自分の病気の悩みを打ち明け、助けを求めるメールばかりである。 『まじめなおしりのはなし』というタイトルが良かったのか、はたまた回答上での対応が巧み(責任回避か?)だったのか、理由はともあれ今やライフワークとなったインターネットでの医療情報の公開は、今後も続けていきたいと思う。

上達したければ

先日、ゴルフ関係のブログをながめていたら『技術を保ちたければ週一回の練習、上達したければ毎日練習』という一文が目に飛び込んできた。 『我が意を得たり』と思わずひざをたたいたら、故狐狸庵先生みたい(^_^;) Dr.OKが始めて大腸内視鏡を手にした15年以上昔の事。 毎日内視鏡室に行く事が苦痛だった。 その頃の内視鏡室には、先輩の先生が数人つめていて、一日5~6人程度の患者さんを余裕を持って検査していた。 Dr.OKは先に行ってカルテを調べる。 以前にも内視鏡検査をやっていて、内視鏡挿入が簡単そうな患者さんを選んで先輩登場を待っている。 先輩が登場したら、 「先に5分だけお願いします」 と了解を得て、検査を始める。 タイマーをセットして始めているが、時間を見る余裕はない。 頃合を見計らって、先輩が肩をたたく。 「ハイ、交代!」 直腸と言っても真っ直ぐではない。 内視鏡の先端が、縦横のレバーでどのくらい動いているかの感覚がつかめていないので、直腸をスムースに通過する事ができない。 直腸鏡という、金属製の筒を使っての検査なら1分で到達するところが、5分たっても到達できない。 「僕の内視鏡は、直腸鏡以下です」 ちょっと自虐的な冗談を飛ばす。 そんな過去のつらい経験も、今では笑い話。 一時間4人のペース検査が組まれていても大丈夫。 何事も、忍耐と継続あるのみです。 それにしても、球が飛ばない・・・
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患者さんあり、遠方よりきたる

寺田病院での居候生活も残すは二日。 昨日は診察室のパソコンに向かって、クリニックで使う書類の作成で一日をすごした。 パソコンの合間にポツポツ来る(←普通逆だろー)患者さんを診察していると、 「新患お願いします」 と、作成したばかりのカルテを手渡された。 表紙には『Dr.奥田希望』と付箋がついている。 「4月中は寺田病院でお世話になっていることは、患者さんには言っていないはずだが・・・」 知り合いかと思って表紙の名前を確認したが、見覚えのない名前が記入してある。 「お待たせしました〇〇さんですね」 社会保険中央総合病院で何時間も患者さんを待たせていた経験から出た口癖だが、患者さんは1分も待っていなかったことを考えると、場違いのような挨拶をしてしまった。 症状や経過をこまごまと聞くうちに、社会保険中央総合病院にかかった事があるが、Dr.OKが退職したと聞きインターネットを使って寺田病院で居候している事を突き止めたことがわかった。 ホームページやブログをやっている事が、直接的に役立ったのが嬉しい。 診察が終わって、薬を2週間分出した。 「2週間後は、アイビークリニックに来られますか?」 「巣鴨のほうが家から近いので便利です。でも、初日は『おしりあい』の患者さんで混雑するでしょうね」 おぉ、そう思ってくれる患者さんもいるんだぁ。 『初日は、患者さん3人。約半年はカスミを食って生きてました』 なんて経験談を話す先輩もいるものだから、いったいどうなる事か心配していた。 初日からごった返すというのは夢でも、『昼寝し放題』にならない程度に患者さんが来るといいなぁ・・・

ガーゼ折り

5月1日のアイビークリニック開業に備え、準備期間を一ヶ月取った。 4月12日にようやく内装工事終了。 19日に機械類の搬送が始まる。 既に半月、母体病院である寺田病院で居候の生活をしている。 一日の仕事は、内視鏡5件、診察10人程度で、今までのモーレツイソガシ生活と比べると楽勝!(^-^) でも、ぼんやりと時間が過ぎるのを待っているのも苦痛なので、最近凝っているのがガーゼ折り。 一枚の20センチ四方くらいのガーゼを、用途別にたたむ作業である。 肛門診察の時におしりに当てたり、内視鏡を持つ時に添える8つ折りガーゼは、3回たたんで長方形にするだけで簡単である。 ちょっと技術を要するのは、手術のときに術野をぬぐうためのガーゼ。 斜めに4回折って、十文字のような形にする。 そのままで丸めて使えるし、ガーゼの角を引っ張ると一本の紐のようにして使う事もできる。 今まで、贅沢に使っていたガーゼも、折りたたむ手間を考えると、今後は節約しようかと思う。 何事も経験です。
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出張診察

さいたま市で外科病院を開業している大学の先輩から電話があった。 痔瘻の手術をした患者さんの経過が思わしくないので、一度相談したいとのこと。 Dr.OKは現在開業準備をしていて、4月中は診療をしていない。 今までなら、「社会保険中央総合病院まで紹介してください」で済んだものが、歯切れの良い返事ができない。 「オクダ君、遅くなってもいいから一度診に来てくれないか?」 受話器のむこうで、先輩が懇願する姿が浮かぶ。 医者の世界は、他の業界にない先輩後輩のつながりが強い。 医学部という『職業訓練所』で学んだ絆というのは、ちょっとやそっとで断ち切れるものではない。 『名大マフィア』なんて呼ばれるのは、こういう体質が特に強いからかもしれない。 それに、中京地区から出ようとしない名古屋人の傾向としては、遠く関東まで来ている先輩の存在は貴重である。 その先輩から頭を下げられたら、これはもう覚悟を決めるしかない。 「そこまで言われちゃ、行くしかない。行ってやろーじゃん!」
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新たな生きがい

今月から、新しいクリニック開業準備のために、母体となる病院で働いている。 まだ本格的な準備は始まらないので、外来診察や内視鏡のお手伝いをした。 自分はお客様状態なので、通常勤務のようなあわただしさはない。 昨日も、外来患者さん10人ほどと大腸内視鏡2人という優雅さだった。 時間は充分あるので、診察も今までに経験した事がないくらい腰をすえて話せる。 通常の診察に加えて、肛門内をテレビカメラに写して患者さんに説明もできる。 大腸内視鏡検査を勧めるのも、どうして検査が必要なのか、どうして便潜血検査だけでは不十分なのか、まるで自分が『みのもんた』になったように、懇切丁寧に、時にはジョークを交えながら説明できる。 診察の終わりがけに、初老のご婦人が 「ほんとうに、優しい先生でよかった」 と独り言のようにつぶやいた。 「こんな生活も、すてきだなぁ」 と思った。 

開業の心得

先日、とある開業医の先生から『開業の心得』についてのお話を伺った。 初対面にも関わらず細かく書いたメモをもとにして、2時間以上にわたってお話してくれた事に感謝。 その中で、印象に残った話をいくつか・・・ ①院長は職員より早く出勤する事。院長がやる気を見せなければいけない。 Dr.OKは、めったやたらに朝に強い。 起床は平均4時半。 サクサクつながるネットで情報収集して、医療相談メールに返答して、ブログを書いても充分時間がある。 その後、ゴルフの朝練を一時間やってからでも充分間に合う。 そんな生活パターンを説明したら、納得されていた。 「私も、早く始めて、いつまでもぐずぐず診療していないでさっさと切り上げるほうです。早く上手い酒を飲みたいですからね」 とのお話。 Dr.OKは、毎日お酒を飲む習慣はないので、ゴルフの夜錬に行きますp(^ ^)q ②薬は値段の高い一流品にこだわらず、ゾロ品(ジェネリック薬品 )を使うようにすること。 どうも、患者さんの経済的負担や国の医療費を軽減を主体に考えているのではなく、クリニックの収入面からお勧めのようでした。 でも、他の科と比べて、肛門科で使う薬って極端に少ないですからね。 それに、座薬の選択は肛門科の命ですから、全く同じ成分のものがなくては、代用品を使うわけにもいきません。 そんな言い訳をしていて、後で気づいたのは、今回の開業は院外処方採用なので、何を使ってもクリニックの収入には影響ないのではないか・・・・ ③雇われ院長だからといって、「まぁ、このくらいで良いかぁ」と思わないで、誠心誠意働く事。 わかっていますがなぁ。 この半年というもの、自分で作った開業案内の名刺を配りまくり、ブログでは集患に努め、モチベーションあがりっぱなし。 自分の実力を目の当たりにできる事ほど、ワクワクする事はありません。 スタートを目前にして、Dr.OKは「綱を解かれる前の猟犬」の気分。 獲物に向かって突進あるのみ。

ほんとに最後の病棟回診

いつものように10時ジャストにポケットベルがなった。 病棟で患者さんが待っている。 なかなかこないエレベータがもどかしい。 急いでいる時に限って行ってしまったばかりとは、マーフィーの法則を思い出した。 7階東病棟で降りると、診察室前の廊下には患者さんが数人長いすにかけている。 診察室に入ると、3つのベッドそれぞれに患者さんが横たわっていた。 すでに数週間前から執刀はしていないので、自分の担当の患者さんはいない。 いつものように精一杯の明るい声を出して 「お待たせしました〇〇さんですね」 という挨拶から始める。 この『お待たせしました』の一言。 研修病院だった小牧市民病院の余語院長に教わった。 赤字で閉鎖の方針だった病院を建て直して、日本一の黒字病院にした院長が、職員に厳しく徹底していた接遇方法だ。 意外に、『患者様』という対応をしている割には、医者の『お待たせしました』の一言を聞くことは少ない。 「どうですか、傷は痛みますか」 から始まり、排便の状況や出血の程度を型どおり質問する。 「傷もきれいですし、腫れもほとんどなく、順調な経過です」 と患者さんを安心させる言葉も忘れない。 もう一言「何かお困りの事はありませんか」と全員に尋ねたいのだが、なかなかそこまで余裕がない。 2時間くらいの間で、70人もの診察を済ませなくてはならないからだ。 今のご時世、ここでも看護師さん不足の影響がある。 病棟の重症患者さんが多くなると、診察につける看護師さんが少なく、医師3人の診察に1人しか看護師さんがいない状況も。 でも、そんなときにイライラしても始まらない。 「ゆったりやろうよ」 と自分に言い聞かせて、休み休み診察を続けていく。 一通りの診察室での回診が終わってから、個室を訪問する。 たった一人、自分が去年執刀した患者さんが再入院している。 退院を見届けることなく自分が病院を去るのに、戸惑いを感じる。 「今日で最後になりました」 「先生、本当にお世話になりました」 「退院までお付き合いできなくてすみません」 「私も転院することになりましたから、先生も新天地で頑張ってください」 お互いに、近い将来訪れるであろう過酷な未来は見ないことにしているのがわかる。 部屋の外まで見送ってくれた患者さんの奥さんが 「先生、本当にありがとうございました」 と、何度も何度もお辞儀をされるのに戸惑いながら足早に病室を去った。

ほんとに最後の外来診察

最後の開腹手術に引き続き、昨日は最後の外来診察であった。 ずいぶん前から3月で辞める事が掲示されているので、このところ外来患者数は少なくなっていた。 今日も数人診察して、あいた時間で医局の後片付けでもしようかと思っていたが・・・ 外来に行くと、どうも雰囲気が違う 人数も多めだが、顔見知りのお得意様が多い。 いつものように 「おはようございます、おはようございます」 といいながら、待合室を通りすぎる間に、いつもと違う視線を感じる。 診察室の椅子に座って、PCを起動させ予約一覧を開く。 驚くなかれ、このところの少ない数を大幅に超えて、従来と変わらない数の予約が入っている。 名前の文字から、懐かしい面々がそろっている事がわかる。 予想に反して、忙しくなった外来をてきぱきとこなしていく。 とはいっても、最後の診察になるので、いつもより挨拶に時間がかかる。 「先生のおかげで命拾いしました。」 感激のあまりか、涙ぐむ患者さんまで・・・ 患者さんにとってはその通りなのかも知れないが、自分にとっては偶然担当になった患者さんに、自分の決められた仕事をして、その結果として上手くいっただけに過ぎない。 治療の甲斐もなく、天寿を全うすることなく亡くなった患者さんもいるわけである。 「その命、大切に使ってくださいね」 と目の前の患者さんに言いつつ、亡くなった患者さんに心で手を合わせて 「自分も何年か後には(何十年であって欲しいけど)、そちら側に逝きますから待っててください」 と念じている自分がいた。

ほんとに最後の開腹手術

「おっくん、最後に手伝ってくれる」 先週の朝のミーティングで、いつもと変わらぬ穏やかな声でサハラ先生が言った。 大腸癌手術の助手の依頼である。 「思い出話でも語りながらやろうよ」 「はいっ!」 いつもと同じ、返事は「はいっ!」である。 手術室に入る。 患者さんはすでに麻酔をかけられ、おなかを広く出して横たわっている。 昔にやった別の手術の傷跡が痛々しい。 壁にかかったレントゲン写真を、研修医の先生が見ている。 「十二指腸との境目がはっきりしないのが、ちょっと心配ですね」 最悪の事態で手術で取ることができない場合を考えると、執刀医は心に重みがずっしりと感じられるものだ。 もうすでに、そういう重みを感じる事のない自分が、ちょっと申し訳ないような気がする。 サハラ先生もやってきて、本日の手術チーム3人がそろった。 早々に手を洗って手術ガウンを着る。 薄いゴム手袋を両手にはめて、助手の位置に立った。 「では始めましょう」 サハラ先生の持ったメスが、患者さんの傷跡をたどって走る。 小さな出血を止めながら、あっという間に腹腔内に達して腸が見えた。 始めて開腹の手術に立ち会ったのは医学部の実習であった。 腸が見えた瞬間、 「カエルの解剖の臭いだ」 と、人間であってもカエルと同じ生き物の一種なんだと、認識を新たにしたものだ。 そんな敏感な嗅覚も、慣れというものは恐ろしいもので、いつしか何も感じなくなってしまった。 人のお腹の中を見るのは、いったい何人目だろう。 3000人は軽く突破しているだろう。 そんな、非日常的な体験も今日限りである。 手術はいつもながら、淡々と正確な操作が続く。 血管のないところを選んで切っていくので、出血はほとんどない。 Dr.OKが目指していた手術技術である。 最近、少し見えてきたのを途中で辞める事になったのが、少し残念な気がする。 自分が、本当に手術が好きで、人より上達する事が人生最大の目標である事が再認識される。 癌は、幸いにも周囲との癒着もなく、2時間ほどで手術は終わった。 最後の開腹手術だから、何か感慨深いものがあるのかと思っていたら、手術中は手術に夢中で他の事を考える余裕がなかった。 やはりDr.OK、外科医である。

祝!一周年

昨日カレンダーを眺めていて、はっと気がついた。 そういえは、去年の3月17日夜に病院から呼び出され、患者さんが到着するまでの間に発作的に作ったのが、消痔堂日誌である。 アクセスカウンターを見れば、35263。 一日平均、95人の人が、このブログにアクセスしてくれている勘定になる。 ブログ名を『日記』とせずに『日誌』としたのには、痔疾患の解説や病院での出来事を中心に書こうと思ったからである。 最近は、ほとんど『日記』の域を出ていない記事が多くなっているが、ご容赦願いたい。 というのも、ブログを続ける大きな目的は、患者さんとに信頼関係を作ることがあるからだ。 初めての医者にかかるとき、どのような基準で選ぶだろう。 自分なりに考えてみた。 立派な建物も、目を見張るホームページも一つの選択基準となるだろうが、一番気になるのは医者の『人となり』ではないだろうか。 いったい、この医者はどういう考えを持っているのか、自分と話が合って病気の苦しさを十分に理解し共有してくれるだろうか。 自分とコミュニケーションが十分取れない医者に当たったら、最悪である。 判で押したような病院の理念や、どのくらいの価値があるのか患者さんには判断ができない医者の資格や経歴を羅列しても、むなしいのではないだろうか。 それより、自分の言葉で少しずつ語りかける事によって、医師としての全体像がぼんやりとでもわかったほうが安心ができるのではないだろうか。 もちろん、万人に心地よい内容の記事を書くことは不可能だろう。 多くの共感を得られた記事を書いたとしても、一部の人からは批判的に見られることもあるだろう。 でも、それはそれでよいと思う。 患者さんにとっても、医者にとっても『ソリの合う』もの同士が信頼関係のうちで協力して治療できる事が、双方にシアワセな事だと思うからだ。

戦友

社会保険中央総合病院勤務も残るところあと2週間。 お得意様の患者さんにも、おおむね挨拶は終わったところで、栃木からAさんがやってきた。 「虫の知らせさあって、今日来てよがったぁ~。来月だったら会えなかったところだぁ」 「お久しぶりですねぇ、4ヶ月ぶりですか・・・」 「Sさんから聞いたけど、病院辞めちまうってほんとか?」 「ええ、3月いっぱいで辞めます」 皺に囲まれた大きな瞳がみるみる潤んでくるのがわかる。 「いやぁ、最近涙もろくなっちまって」 「辞めるっていったって、すぐ近くの駅で診療していますから」 「そだな。毎月お地蔵さんの縁日に行くから、帰りに寄ってくか」 「保険証忘れずに来てくださいよ」 湿りがちな空気を打ち消そうと、精一杯軽口をたたいてみる。 AさんもSさんも、同じ時期にDr.OKが手術した大腸癌の患者さんだ。 再発の可能性も懸念されたが、何とか無事で術後5年以上過ぎ、『癌は手術によって根治』と判定できた患者さんである。 病気の発見から手術後の経過まで、包み隠さずにはなし、不安と希望を共有したいわば『戦友』のような間柄。 その後も連絡を取り合いそろって来院される事が多く、外来通院が戦友会のような役割を果たしているようだ。 「これ、今朝採った小松菜だ。洗ってないから泥だらけだけど美味しいから・・・」 帰り際にいただいた大量の小松菜を、中華味の炒め物にして食べた。 薄味のしょっぱさが、ちょうど涙のようだった。

最終手術

昨日は毎週水曜日の午前にやっていた、痔の手術の最後の日であった。 最後に、駆け込みで手術希望の患者さんがやってきて、いつもより多い8件。 特に、最後だからといっても感慨深いわけでもない。 いつもと同じように粛々と仕事を進める。 途中に、山あり谷あり(最近では、ラフありバンカーありと感じる)であっても、顔色ひとつ変えずに勧めるのが理想。 執刀医の態度次第で、手術室の雰囲気も変わり、手伝ってくれているスタッフの仕事にも影響するからだ。 件数が多くても、割り当てられている時間は3時間。 大幅に遅れることになると、いろいろと迷惑をかけることになる。 「オクダ先生は、仕事は丁寧だってけど、遅かったよねー」 なんて評判だけが残ってしまうのも、ちょっと困る。 最後の助手についてくれたH先生とも、今後のことについて話しながら手術は進む 「新しい病院で、この特殊なはさみ買ってもらえるだろうか?」 「板前さんを雇って、『柳刃ないですから、文化包丁で刺身作ってくれ』というようなものですよ」 冗談が現実にならなりませんように・・・

手術後出血で大汗かいた日

今週も無事に終わろうとしていた、金曜午後三時。 院内ポケットベルが不意に鳴った。 「痔の手術をして10日目で、火曜日に退院した患者さんが、出血が止まらないとの電話が入ってます」 「すぐ来院するように言ってください」 待つこと小一時間、救急車のサイレンが遠くから近づいてきた。 外来の処置室に運び込まれた患者さんは、思いのほか元気そうでホッとする。 「救急車の中で、バイタルはどうでした?」 「血圧210/110です」 患者さんを処置用ベッドに移したとたん、肛門からコアグラ(血液がゼリー状に固まったもの)が噴出する。 これは、かなりの出血量だ。 すかさず眼瞼結膜をみる。 やや赤みが薄い程度で、これならHb12くらいだろう。 「ルート取って!」 外来の看護婦さんがてきぱきと点滴ルートを確保する。 その間に、吸引器、肛門鏡の準備をする。 「吸引準備!」 筒型の肛門鏡を入れると、今までたまっていた血液がコアグラとなって流れ出る。 吸引しながら肛門内を調べるが、出血が多くて出血部位がわからない。 時間はじりじりとたって、出血量はますます増えていく。 「手術室だ」 腰椎麻酔で止血操作をすることに方針を切り替えた。 その頃になると、うわさを聞いて同僚が集まってきた。 手術室に入れば入ったで、午後の手術が終わったばかりの同僚が集まってくる。 手術後出血の処置のために、肛門専門医が総勢5人。 直腸癌の手術よりメンバーが多い。 麻酔がかかると、血圧も正常に下がり、出血部位も明白になった。 おもむろに出血部位を鉗子でつまんで、吸収糸で縫合止血した。 大汗をかいた、手術後出血。 こんな事を、これから一人でやらなくちゃならないと思うと、気が重い。
posted by Dr.OKの消痔堂日誌 at 05:38Comment(0)TrackBack(1)

家電品売り場

画像ヨドバシカメラに寄ったついでに、家電品売り場をのぞいてみた。 アイビークリニックで使う様々な家電品(洗濯機、掃除機、冷蔵庫、電子レンジ、テレビetc.)の価格調査のためだ。 まず目にしたのが、洗濯機。 クリニックで出る、タオルや検査着を毎日洗う必要がある。 問題なのは洗う時間。 クリニックが終わってから洗って、朝までに室内で乾かす必要がある。 そうなると当然のこと、乾燥機が必要となる。 現在の主流は、一体型の洗濯乾燥機。 乾燥機の仕組みも、従来のヒーターを使うものから、エアコンのように乾いた風を作って低温で乾かすものまで、価格も10万円以下から25万円もするものまで、様々だ。 いままで、家電製品を自分で選んだ経験が乏しいDr.OKにとって、まさに未知の世界。 主婦兼看護婦さんのMさんが採用されたことに感謝しなければならない。 いろいろと見て回っていて、設計図と見比べる。 職員休憩室のミニキッチンにコンロは必要だろうか? まさか、昼の休みに自炊してご飯を食べる人もいないだろう。 お弁当を温める電子レンジと、お湯を沸かす湯沸しポットがあれば充分である事が判明。 こういうことは、実際に見てみないと気づかないものだ。 さっそく、設計担当のナカタさんに、『コンロは中止』のメールを送る。 様々な家電品がそろったクリニックは、まさに我が家同然。 仕事が遅くなっても、そのまま快適に泊れるような気がする(^_^;)

Dr.OK北へ

Dr.OK旅に出ます。 なんと、厳寒の網走! 1月20日の天気予報によれば、曇りのち晴れ 最高気温(℃)[前日差]-5 [ 0 ] 最低気温(℃)[前日差]-9 [ +5 ] これでも、例年よりかなり暖かいようだ。 この真冬の、それに何を酔狂な・・・ とおっしゃるな。 年に一度の病院旅行なのである。 行く先を決めたのは厚生委員。 その委員長が、我らがサハラ先生(肛門科部長)なのである。 その、サハラ先生にお供して、零下10℃を体験しようという試みなのである。 この御仁、長野出身なので寒さに強い。 なんせ、小学校のグラウンドに水を張ってリンクを作り、毎日スケートをしていたという経歴を持つ。 愛知県の南部、温暖な知多半島出身のDr.OKとは、寒さに対する耐性が違う。 ロシア人とイタリア人ほど違うのである。 それに、なんといっても長野出身。 いざとなれば、蜂の子やザザムシを食べても生き延びられ『パピオン』や『ランボー』も裸足で逃げ出すほどの、食に対するフトコロの広さを持ち合わせている。 エイの味噌汁や、ウサギのチャーハンでは、とうてい太刀打ちができない。←充分太刀打ちできるとの意見も(゚_゚i) 先日、我が愛読書の著者、椎名誠さんが楼蘭探検の際に相談したという、ICI石井イシイスポーツに出かけて耐寒下着を買ってきた。 「真冬の網走に行くんですけど・・・」 と相談すると、あっけなく 「あっ、その程度ならこのオリジナル商品で充分ですよ」 と比較的お手ごろな商品を勧めてくれた。 「寒さに耐えられるなら、かなりの出費も致し方ない!」 と覚悟を決めて行ったDr.OKには、ちょっと肩すかしであった。 きっと 『このおっさん、なに大げさなこと言ってるねん』 と思われたに違いない。 ということで、Dr.OK、不退転の決意で行ってきます(`´)ゞ ←といっても、一泊二日の網走旅行ですけど・・・ 明日のブログは、携帯電話から投稿を試みてみます。

携帯メール文化

「おはよー、何してる?」 「起きたばっかり」 「今日ヒマ?」 「朝から仕事(^_^;)」 携帯電話で電子メールのやり取りができるようになってから、電話すれば一瞬のような会話も、携帯メールのやり取りで行う習慣が定着したようだ。 ところが困ったことに、この短いやり取りのノリをメール相談に持ち込む御仁がたまにいる。 「おしりから血が出たけど、痔でしょうか」 ---そんなこと言ったって、こんなわずかな情報でわかるわけないだろ。第一、痔とひとことで言ったって、痔というのは肛門のいろいろな病気の総称だし・・・ と思いながらも 「肛門からの出血の場合、一番多いのは内痔核からの出血ですが、診察してみないとそのほかの病気は否定できません。詳しくは、ホームページで解説してあるので参考にしてください。適切な治療のためには肛門科受診をお勧めします」 と、簡素ながらも隙のない回答を考えて送信する。 しばらくして 「おしりが熱いような気もするんですけど、関係ないですか?」 ---うーん、おしりが熱いといっても、痔の病気の典型的な症状ではないからなぁ。第一、診察もしないでメールだけで病気を診断するなんて不可能だ・・・ と思いながらも 「肛門に炎症を起こしている場合、熱感を感じる可能性もあります。ただ、多くの場合は痛みを伴います」 と、想定できる病気について回答する。 しばらくして 「痛みはないのですが、湿ったような感じもあります」 おいおい、確かに無料で24時間以内にで回答する「おしりの悩み相談室」だけど、いつもパソコンの前に座って待機しているわけじゃないぞ。 メールで送れば、相手の都合を考えなくても気軽に意思が伝えられるのは便利だが、相手の都合を思いやる能力が乏しくなっているのだろうか。

風邪ひいちゃた♪

今年は大丈夫かと思っていたんだけど、二日ほど前から風邪気味。 幸い、高熱は出ていないけど、咳と鼻水がうっとおしい。 レチュリン(娘)の風邪が染ったに違いない。 先週、熱を出している娘のベッドにもぐりこんで、背中で温もりを楽しんだのが裏目に出た。 この娘、小さい時から体表温度が高いので、寒い夜なんかは湯たんぽ代わりにしていたものだ。 『オヤジのシアワセ』の代償は、結構高くついた。 昨日の日曜日は、一日中ゴロゴロしていたが、まだ快癒とまではいかない。 一昨年は、こういう風邪から喘息を併発し、2ヶ月以上苦しんだ経験がある。 今日は、寺田病院ゴルフ部の初打ちが予定されているが、大事をとって欠席しようかしらん。 ついでに病院も休みたいところだが、あいにく月曜日は午前中外来担当、午後は内視鏡当番。 どちらも、『ご贔屓』の患者さんがいらっしゃるから、おいそれと休むわけには行かない。 こういう日に限って、混んでいたりして(゚_゚i)