3年B組局地的忘年会

中学の同級生二人が偶然出張で上京する事になり、世話好きのオート君が八重洲地下街のオイスターバーで忘年会を設定してくれた。
皆、50年の人生を生き抜いてきた人生の重みを感じさせながらも、まだまだ軽快に生きている人たちの会話が弾んだ。

そのうちDr.OKの開業のことに話が及び、開業祝に何か贈ろうという話になった。
「絵なんてどうかな」
との提案に、
「アンリ・ルソーなんて、アイビークリニックのイメージと重なっていいなぁ」
なんて、ワインでいい気分になった頭で考えていた時に、
「マドンナの直筆の書」
と、ボソッと言ってみた。

「それいいじゃない」
と、真っ先に反応したのはオート君。
中学生のときから、もっともフットワークの軽い人である。
「マドンナに書いてもらって、額装は僕たちがやるよ」

「なんて書いてもらう?」
「『診察頑張ってね! 』なんて書いてもらって、院長室にかけたら、年中無休で診療できそう」
酔った勢いで、話は一気に盛り上がったとき、誰ともなく
「それは『夢を大切に』に決まっているよ」

『夢を大切に』
中学二年のときに、マドンナが言った言葉だ。
十代の時の『夢を大切に』と50歳になった自分たちにとっての『夢を大切に』は意味が違う。
「どうやって死ぬかを考える事が大切な事もあるけど、『まだまだこれから』といつまでも思い続ける事のほうが大切だよね。清原だって、38歳になってもう一花咲かせようと頑張ってるじゃない」
オート君の発した言葉に、一同しんみりした。
「なんか涙が出そうだね・・・」

帰りの電車の中で1人になって、ぼんやりと東京の街に目をやる。
家がせまっているために、意外と光が漏れることがなく、真っ暗。
またまたクイーンの『 Innuendo 』の歌詞の最後の部分が頭の中をめぐった 。
エイズのため45歳で亡くなったフレディマーキュリーは、自分の過酷な未来を知りつつ、どんな気持ちでこの歌を歌っていたのだろう。

画像Oh yes we'll keep on trying そうさ僕らは努力を続ける
Hey tread that fine line 堂々と道を歩むんだ
Yeah we'll keep on smiling yeah (yeah yeah) さあ笑い続けよう、そうさ
And whatever will be will be なるようになるさ
We'll keep on trying 努力し続けよう
We'll just keep on trying がんばり続けよう
'Till the end of time 最後の時まで
'Till the end of time 最後の時まで
'Till the end of time 最後の時まで

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