『精神的』バリアフリー

減量目的で始めた朝のウォーキング。続けていると、決まった時間にすれ違う同好の人たちに出会う。
狭い道でお互い道を譲りながらすれ違うと、どこかおたがいに
『挨拶しよかな、やめよかな光線』を発していることに気づき、気まずいので思い切って大きな声で
「おはようございます」
と挨拶するようにした。

イヤホンを両耳につけて自分の世界に浸っている若者などは、気が付かないのか、全く無視されることもあるが、中高年の人のよさそうなおじさん、おばさん(向こうも私を同じように思っているのは確か ^^; )は、気軽に「おはようございます」と答えてくれる。

そんな中、脳卒中のリハビリや、何かの都合で足の不自由な方に出会うことも多くなった。
始めは、不自由な体をジロジロとみるのは失礼にあたるだろうと思って、なるべく気が付かないふりをしていたが、ある日ふと思った。

今まで、社会で活躍していた人が、突然不自由な体になってしまって、それでも一生懸命努力して自立して生きていこうと決心している人たちなのである。
そんな人たちが、健常人から無視されるとこは、差別されること以上に悲しいことなのではないだろうか。

きっと、一度や二度は
「自分は、社会的に無価値な人間になってしまった。」
と悲嘆することもあっただろう。
そんな人たちを『憐みの対象』と認識し、気づかないふりをするのが礼儀だと考えるのは、なんと思い上がった考え方だろう。

それ以来、体の不自由な人たちとすれ違う時には、『いつもより、大きな声であいさつしておりまぁすぅ~』と心の中でお正月のテレビでおなじみであった、染之助・染太郎師匠のように唱えながら深呼吸。
大きな声で「おはようございます」とあいさつすることにした。

嬉しそうな「おはようございます」が帰ってきたのは言うまでもない。
精神的なバリアフリーの社会が当然である時代が来ることを望んでいる。

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