ほんとに最後の開腹手術

「おっくん、最後に手伝ってくれる」
先週の朝のミーティングで、いつもと変わらぬ穏やかな声でサハラ先生が言った。
大腸癌手術の助手の依頼である。
「思い出話でも語りながらやろうよ」
「はいっ!」
いつもと同じ、返事は「はいっ!」である。

手術室に入る。
患者さんはすでに麻酔をかけられ、おなかを広く出して横たわっている。
昔にやった別の手術の傷跡が痛々しい。
壁にかかったレントゲン写真を、研修医の先生が見ている。
「十二指腸との境目がはっきりしないのが、ちょっと心配ですね」
最悪の事態で手術で取ることができない場合を考えると、執刀医は心に重みがずっしりと感じられるものだ。
もうすでに、そういう重みを感じる事のない自分が、ちょっと申し訳ないような気がする。

サハラ先生もやってきて、本日の手術チーム3人がそろった。
早々に手を洗って手術ガウンを着る。
薄いゴム手袋を両手にはめて、助手の位置に立った。
「では始めましょう」
サハラ先生の持ったメスが、患者さんの傷跡をたどって走る。
小さな出血を止めながら、あっという間に腹腔内に達して腸が見えた。

始めて開腹の手術に立ち会ったのは医学部の実習であった。
腸が見えた瞬間、
「カエルの解剖の臭いだ」
と、人間であってもカエルと同じ生き物の一種なんだと、認識を新たにしたものだ。
そんな敏感な嗅覚も、慣れというものは恐ろしいもので、いつしか何も感じなくなってしまった。

人のお腹の中を見るのは、いったい何人目だろう。
3000人は軽く突破しているだろう。
そんな、非日常的な体験も今日限りである。

手術はいつもながら、淡々と正確な操作が続く。
血管のないところを選んで切っていくので、出血はほとんどない。
Dr.OKが目指していた手術技術である。
最近、少し見えてきたのを途中で辞める事になったのが、少し残念な気がする。
自分が、本当に手術が好きで、人より上達する事が人生最大の目標である事が再認識される。

癌は、幸いにも周囲との癒着もなく、2時間ほどで手術は終わった。
最後の開腹手術だから、何か感慨深いものがあるのかと思っていたら、手術中は手術に夢中で他の事を考える余裕がなかった。
やはりDr.OK、外科医である。

この記事へのコメント

へぼ
2006年03月23日 09:52
WBCの決勝戦に挑む選手達の姿と手術室に臨んでいるサハラ先生とDr.OKの姿がリンクしました。最高の技術、男たちの友情、etc.…感動しちゃってます。
2006年03月24日 01:11
最高の技術を目指してきた「情熱」。
ドクターとしての志の高さ。
インターネットを活用する先見性。
いつも、尊敬しております。

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